Chapter29-2 愛を探して(4)
「宜しいのですか、お兄さま?」
一方のカロンは、セイラの赤くなった額を治療しつつ、神妙な様子で問うてきた。おそらく、『身内以外に漏らさない』の部分を指しての質問だろう。
何を訊きたいのかは理解している。
セイラは、宮廷魔法師団に所属する光魔法師だ。実力の根幹に関わる問題を秘匿して良いのか。そう尋ねたいんだと思う。
オレは僅かに苦笑を溢す。
「さすがに、ウィームレイくらいには伝えなくちゃいけないけど、基本的には部外秘にするつもりだよ」
「理由をお伺いしても?」
「現場を見ずに机上の空論を掲げる輩って、案外多いんだよ」
何らかの成果をあげたいから。責任を負いたくないから。既得権益にすがりたいから。理由は何でも良いが、現場の状況を考えずに提案をする者は必ず出てくる。
今回の場合だと、『役立たずの光魔法師に財力や労力を割くよりも、他の魔法師の育成に充てた方が建設的だ』なんて言う奴が出てくるだろう。セイラが欠けたことによる負担を考えていない、とんでもない愚案である。
だが、厄介なことに、賛同者が現れるのは確実なんだよな。
何故なら、『他の魔法師の育成』という聞こえの良い代案を掲げているから。そこに益を感じた連中は乗っかるに違いない。
また、純粋に、セイラの凋落を望む輩もいるだろう。
彼女の座っていた席に滑り込もうと画策する者や、養護院出身である彼女の出世を妬む者など。宗教色の強い聖王国といえど、一枚岩ではないんだ。
その辺りを説明すると、カロンは納得した様子で頷いた。
「欲に目がくらみ、後々の不利益が見えていないわけですね。その時に苦しむのは自分たちなのに」
「そういう方たちは『自分が苦しむわけがない』とか『困った時に対処すれば問題ない』なんて根拠のない自信を抱いているんですよ」
カロンのセリフに続き、セイラが忌々しげに吐き出す。外面に気を遣っている彼女にしては珍しい、苦々しい表情だった。
これは……前世の経験談だな。大学時代の友人が、パワハラ上司の愚痴をこぼしていた時と似たような雰囲気をまとっているし。
話が早いのは助かるけど、無闇に突かない方が良いね。愚痴が垂れ流しになるパターンだ。
すすけた表情のセイラをあえて無視し、オレは話を戻す。
「まずは原因を探ることから始めようか。セイラ殿。今から視るが、構わないね?」
「お願いします」
一応、断りを入れてから魔眼を発動する。
ところが、じっくりとっくり、セイラのすべてを余すことなく覗いたものの、異常は見当たらなかった。光魔法関係の情報に焦点を絞っても同様。一瞬だけ【超越】も使ったが、結果は変わらず。
セイラ自身ではなく、魔法の方に問題がある?
いや、それはないな。そちらに何かあるなら、同じ光魔法師であるカロンやスキア、アリアノートにも異変が起きていなくてはおかしい。
セイラのみが魔法を不発させている以上、問題を抱えているのは彼女の方だ。
となると、視るべき箇所を間違えているのか? セイラの情報は満遍なく調べているはずなんだが……。
――ダメだな。
「どうでしたか?」
オレが一旦まぶたを閉じ、眉間を指で揉み解していると、痺れを切らしたセイラが尋ねてきた。
期待に応えられないのは申しわけないが、黙っているわけにもいかない。
オレは目を開き、軽く頭を下げた。
「すまない。何も分からなかった。少なくとも、セイラ殿自身に問題は見当たらない」
「そう、ですか」
落胆する彼女を見ると、より申しわけなさが増すが、嘘を吐くわけにはいかなかった。
しかし、分からないまま放置するのも気持ちが悪い。短時間とはいえ【超越】を行使したのに、この結果は不自然すぎる。何らかの原因があるのは間違いない。
十中八九、オレが何かを勘違いしているんだ。何らかの情報を見落としているんだろう。
腕を組み、必死に思考を回すオレ。
一向に答えが出ない中、ふと、カロンが提案した。
「お兄さま。キサラさまにご助力願うのは如何でしょう?」
「なに?」
「キサラさま?」
オレとセイラが違う意味で首を傾げると、カロンはオレの方のみに回答する。
「光魔法に関する問題です。その方面のプロフェッショナルたるキサラさまならば、答えまではいかずとも、何らかのヒントを見出してくださるのでは?」
「確かに」
その意見は的を射ていた。
そも、光魔法は未知数の部分が多い。発動条件からして特殊だ。『思いやりの心』なんていう曖昧な伝聞しか残っていなかった。
その点、キサラは初代聖女だ。光魔法に関しては相当に極めているだろうし、今では失われた情報を持っているかもしれない。希望的観測だが、確かめてみる価値はあった。
学園長ディマも似たような条件を持っているけど、そちらは望みが薄い。
というのも、当時の世情的に仕方なったとはいえ、彼女の光魔法はほとんど独学だからだ。今に至っては呪いと複合し、“生命”という本質は変わらないものの、独特の形に変貌を遂げている。
セイラのような一般的な光魔法師を図る物差しとしては、あまり役に立たないだろう。
善は急げとも言う。オレは【念話】で連絡を入れ、他言無用込みで事情を説明した。
その間、カロンにはキサラに関する説明を、セイラにしてもらう。国家機密ではあるが、聖女同士、いずれセイラとは顔合わせさせる予定だったので問題ない。
一通り聞き終えたキサラは、「おそらくですが」と前置きを入れて語った。
『今代の聖女は、光魔法の発動条件を満たせなくなったのではないでしょうか?』
『発動条件というと、思いやりの心?』
『嗚呼。今はそのように伝わっているのですね。それでも間違いではないですが、正確には『人並み以上の愛』ですよ。誰にも負けない愛を抱いていることが、光魔法を扱うための条件です。誰かを思いやらずとも、愛さえあれば良い。極論、自己愛でも光魔法は発動します』
『愛、ですか……』
さらりと明かすには価値の高すぎる情報だった。長年の疑問がようやく解け、少しスッキリする。
納得もした。
言われてみると、今まで出会った光魔法師たちは、何かしらに対して愛を抱いていた。カロンはオレに、スキアは家族に、アリアノートは国に、マンモン兄妹はお互いもしくは自分に。
魔眼で原因を突き止められなかったのも当然だった。愛云々が光魔法と繋がっているなんて考えもしていなかったし、条件未達成の情報がセイラ側に記されているわけがない。
結局のところ、前提が間違っていたのである。せっかくの力も宝の持ち腐れだ。もっと精進しなくては。
さて。光魔法の発動条件が“愛”なのだとしたら、セイラは何に愛を向けていたんだろうか? それを失ったキッカケも判然としない。
オレが内心で首を傾げる中、キサラは言葉を続ける。
『途中で愛を失うというのは非常に珍しいことですが、なくはありません。魔王に心の闇を操られて愛を見失った子が、過去にもいました。今代の聖女の周りで、何か不運なできごとはありませんでしたか?』
『心当たりはありませんね』
少なくとも、オレに話が上がってくるほどの事件や事故は起きていない。
『本人に直接尋ねてみると良いでしょう。こういう気持ちの問題は、本人にしか分からないことが多いですから』
『そうします。アドバイス、ありがとうございました』
『どういたしまして。お役に立てたのなら幸いです。再び助力が必要でしたら、遠慮なく仰ってください。私も今代の聖女には興味がありますので、機会をいただけるのならお会いしたいです』
『そのうちぜひ』
【念話】を終えたオレは、大きく息を吐きながらソファに背中を沈めた。
その仕草から、キサラとの話が終わったと悟ったんだろう。カロンが問うてくる。
「如何でしたか、お兄さま?」
「一応、ヒントはいただけた」
「本当ですか!」
大きな反応を示したのはセイラだった。自分自身のことなので当然である。
オレは彼女に頷き返し、キサラから聞いた内容を話した。
すべてを聞き終えたカロンとセイラは、納得の表情を浮かべていた。どちらも心当たりがあるんだろう。
ただ、その後すぐに、セイラは苦々しい顔つきになる。そして、ぽつりと囁いた。
「光魔法が使えない理由、分かったかもしれません」
その声音に含まれていたのは、一言では形容しがたい複雑な感情だった。
次回の投稿は10月21日12:00頃の予定です。




