Chapter29-2 愛を探して(3)
キサラと、公爵家当主および王城の重役たちとの面会が行われた翌日。キサラは、フォラナーダ領都の観光へと繰り出していた。
供回りはシオンやサザンカを含めた若干名。全員が熟練の戦士でもあるため、そうそう問題は起きないだろう。
オレは同行していない。常に付きっ切りは不可能というのもあるが、今回は別の用件があったからだった。
というのも、カロンに相談があると声を掛けられていたんだ。今日の午後すぎに、オレの下を訪ねるとのこと。
ゆえに、人払いをした上で、書類仕事をこなしながら執務室で待機している。
いったい、何の相談だろうか? カロン自身の問題ではないと事前に聞いているが、はたして……。
ペンが走る音のみが流れること幾許か。常時発動中の探知術に、二つの反応が引っかかった。カロンと――
「そういうことか」
もう一人の反応を捉え、得心する。同時に、相談内容が何であるかも察しがついた。
扉の前で待機していた使用人がカロンたちの訪問を報告してきたので、通すように伝える。
入室したのはカロン。そして、セイラだった。
「お待たせして申しわけございません、お兄さま」
「お、お邪魔します」
いつも通りのカロンに対し、セイラは少し固い雰囲気である。彼女の鶯色の瞳には、うっすらと恐怖の感情が窺える。
まぁ、仕方のない反応だろう。
原作を知る彼女にとって、オレの存在は“意味不明”以外の何者でもない。しかも、数々の原作をも覆している。苦手意識を覚えても無理はなかった。
実際、グリューエンの復活前まで、セイラはオレたちを避けて行動していたようだし。
かろうじて繋がりを維持しているのは、カロンの人徳に他ならない。さすがは我が最愛の妹である。
「ようこそ、カロン、セイラ殿。そちらの席に座ってくれ」
「はい、お兄さま」
「分かりました」
カロンたちに客用のソファへ腰かけるよう促し、オレも仕事用のデスクから移動する。オレから見て対面にカロン、その右隣にセイラが座った。
こうして直接対面するのは、帝国との戦争以来か。
以前とは違い、長い金髪を一本に結んでいるのは、宮廷魔法師の仕事に邪魔だからだろう。短くしない辺り、こだわりがあるのかもしれない。
そんな益体もない感想を抱きつつ、【位相隠し】からお茶一式を取り出す。
オレが手ずから入れても良かったけど、今回は身内以外がいるので断念し、カップにお茶が入った状態で並べた。【位相隠し】さまさまである。
ふわっと、淹れ立て同然の香りが室内に漂う。
それを感じ取ったカロンは、その紅い瞳を輝かせた。
「もしかして、新作ですか?」
どうやら、香りだけで新しいブレンドだと気が付いたらしい。
彼女の五感の鋭さに感心しながら、オレは頷く。
「甘めに作ってみたんだ。良かったら試飲に付き合ってほしい。事前に味見はしてるから、酷くマズイなんてことはないはずだ。もちろん、無理にとは言わない」
「承知いたしました! お付き合いいたします」
「私も大丈夫です」
セイラも興味があるらしい。恐る恐るカップに口をつける。
……ふむ、今回も上手くできたみたいだな。
二人の反応を見て、そう結論を出す。
カロンもセイラも、幸せそうに目を細めていた。『甘さたっぷり。でも、くどすぎず』というコンセプトは成功したらしい。
甘いものの効果は絶大だった。先程までぎこちなかったセイラが、普通と言えるレベルまで落ち着いていた。これなら、この後に行われる相談も滞りなく進められるだろう。
場の空気が柔らかくなったことを把握したオレは、早速本題に移る。
「オレに何を相談したいんだ?」
セイラの存在を認めた時点で予想はできているが、念のために、本人たちの口から聞いておきたい。
最初に答えたのはカロンだった。
「察していらっしゃるとは思いますが、今回はセイラさんに関する相談なのです」
「侯爵であるゼクスさんにご協力いただくのは恐縮なんですが、自力で解決するのは難しく……。どうか、よろしくお願いします」
「私からもお願いします、お兄さま」
深々と頭を下げるセイラに続き、カロンも頭を下げた。
二人の様子は真剣そのもの。かなり深刻な事情なんだと察しがつく。ゆえに、相談内容の想像もついた。
できるだけ柔らかい口調を心掛け、オレは返答する。
「頭を上げてくれ、二人とも。友人と、他ならぬカロンの頼みだ。オレのできる範囲で協力しよう」
予想が正しいのなら、セイラの問題は聖王国の損益にも関わってくるだろう。無視できる話ではない。
「「ありがとうございます!」」
目に見えて喜ぶ彼女たち。特に、セイラの瞳の輝きっぷりは尋常ではない。相当悩んでいたようだ。
打算的な思惑で引き受けたのが、少し申しわけなく思う。ちゃんと解決に向けて取り組むので、勘弁してほしい。
「それで、セイラ殿の相談とは?」
「実は……」
こちらの問いかけに、答えようとするセイラ。
ところが、途中で言葉が途切れてしまった。ハッキリと口にすることに、まだ躊躇いが残っているらしい。一分、二分と、彼女は動かないままだった。
対するオレも、無言のまま続きを待った。予想通りの内容なら、セイラの態度も無理はないと共感できる。だから、強引に聞き出すつもりはない。
しかし、助力するつもりもなかった。こればかりは、彼女に勇気をもってもらうしかない。彼女の意思で語るのが肝要だろう。
たっぷり十分をかけて、ようやくセイラは口を動かす。
「光魔法が発動できなくなってしまったんです。ここ最近、調子が悪いとは感じていたんですが、この間はついにまったく使えなくなってしまって……」
やはりか。
悔しげに、恐れるように唇を噛むセイラを眺めながら、オレは得心する。
宮廷魔法師団に関する騒動の際、彼女は治療を上手く行えなかったと聞いていた。ゆえに、この展開は何となく予想がついたのである。
今代の聖女に選ばれ、治療方面で活躍してきたセイラにとって、光魔法は最大のアイデンティティだ。光魔法のお陰で今の仕事を得ることができ、二つ名を拝命し、準子爵の地位を築き上げられた。
それを失うということは、今まで培ったものの大半を失うも同義である。今の彼女は、自らのすべてを否定された気分でいるに違いない。
正直、カロンやオレに真相を明かしただけ、大した勇気だと思う。オレたちの対応次第では、彼女の人生は潰えてしまうんだから。
それほど信用されている、ということか。以前、恋愛相談に乗ったのも大きな要因かもしれない。まぁ、信用の比重は、カロンの方へ圧倒的に偏っているんだろうけどさ。
別にそれで構わない。オレのセイラに対する情なんて同郷のよしみ程度だし、カロンの良き友である方が重要だ。
それに、光魔法師が一人減るのは非常に困る。国力の低減は当然のこと、カロンやスキアの負担も増えてしまうからね。妻の過労は回避したい。
「分かった。また魔法が使えるように助力するよ。もちろん、身内以外にこのことは漏らさないと約束する」
「ほ、本当ですかッ。ありがとうございます! ――痛ぅ」
先程までの落ち込んだ様子を一転させ、瞳をキラキラと輝かせるセイラ。ものすごい勢いで頭を下げ、目の前のテーブルに額をぶつけていた。
次回の投稿は10月18日12:00頃の予定です。




