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【Web版】死ぬ運命にある悪役令嬢の兄に転生したので、妹を育てて未来を変えたいと思います~世界最強はオレだけど、世界最カワは妹に違いない~  作者: 泉里侑希
第三部 After story

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Chapter29-1 聖女(7)

「…………もう一度、聞いてもいいか?」


 聖王家私用の談話室にて。オレの対面に座る聖王ウィームレイが、重々しい声で尋ねてきた。


 今の彼は両膝の上に両肘を置き、組んだ手を額に押し当てている。そのため、表情を窺い知ることはできない。


 だが、非常に悩ましい顔をしているだろうことは、想像に難くなかった。原因の一端ながら、同情してしまう。


 オレは苦笑いを浮かべつつ、隣で行儀良く座るキサラを指した。それから、一言一句同じ説明をする。


「こちらの女性は、初代聖女のキサラさまであらせられます。この千年間、世界の礎として身を捧げていらっしゃったそうですが、魔王の消滅を期にご降臨なされました」


 先程と同様、『ご降臨』の部分でキサラが微かに身じろぎをする。まとう魔力からして、恥ずかしがっているらしい。


 おそらく、『そのように表現されるほど、立派な者ではない』とでも思っているのかな?


 価値観の相違だな。聖王国民にとって、初代聖女とは『魔王から世界を救った英雄の片翼』であり、『聖王国を建国した祖』なんだから。偉人の中の偉人といっても過言ではない。


 下手をすると、聖王よりも上の立場である。前例なんて存在しないので、明言はできないが。


 ちなみに、サザンカは別室で待機してもらっている。


 彼女は聖王国に帰化しているものの、あくまでもフォラナーダの一員。国の上層部としての話し合いには、サザンカ自ら辞退したんだ。


 それでも王城まで同行したのは、あとで相談したいことがあるから、らしい。十中八九、最後の方で難しい顔をしていたことと関係しているんだろう。


 閑話休題。


「やはり、聞き間違えではなかったかッ」


 オレの二度目の発言を受け、とうとう頭を抱え込むウィームレイ。


 とはいえ、若輩ながら、彼も一国の王だ。いつまでも情けない姿はさらさない。すぐさま姿勢を正して立ち上がり、キサラに向けて最敬礼を行った。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、申しわけございません。大変遅くなりましたが、私は当代の聖王、ウィームレイ・ノイントス・アン・カタシットと申します。全国民を代表して、キサラさまのご降臨を祝福いたします」


 ふむ。予想はしていたが、ウィームレイはキサラを目上の者と定めたんだな。


 しかし、さすがである。王が最敬礼する機会なんてないはずなのに、その所作は実にスマートだった。万が一を想定して、体に染みつくまで練習をしておいたんだろう。


 ただのお人好しで終わらず、計算深くも動けるところがウィームレイの長所だな。


 心のうちで感心するオレを余所に、一礼を受けたキサラもその場で立ち上がった。そのまま、優雅に会釈をする。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります、ウィームレイ聖王陛下」


「キサラさま。陛下は不要でございます」


「いいえ、線引きはハッキリしなければいけません。陛下やゼクスさんの態度から、現代における私の扱いは何となく察しましたが、それでも今の王はあなたです。亡者の私を頼りにしないよう、お願いいたします」


 おもむろに語る彼女の声音には、多分に憂慮が含まれていた。心からこちらを心配し、自分の出る幕はないと考えているんだと分かる。


 キサラは、魔術大陸の始祖と同じスタンスらしい。死者は現世に深く関与してはならない、という。


 ()もありなん。大講堂での発言を聞くに、彼女はこの世界に二度と戻るつもりはなかったんだ。


 今回はあくまでも予定外。帰還できたからといって、過度に干渉する気はないようだ。


 そして、ウィームレイは愚鈍ではない。キサラの意思が固いことは、今のセリフで察しがついたはずだ。


 彼はキサラを数秒ほど見つめた後、小さく息を吐く。


「分かりました。それがキサラさ……殿のお望みであれば」


「ありがとうございます」


 ウィームレイのまとう雰囲気が変わったことに、キサラは笑みを浮かべる。湛える感情には、僅かに安堵も含まれていた。


 ここまで一緒にいて分かったことだが、キサラは敬われることに慣れてはいるものの、あまり好ましくは思っていないみたいだ。その機微は庶民のそれに似ている。


 聖王国の祖が元庶民の可能性、か。


 当時の時世を考慮するとあり得なくはないけど、無闇に尋ねるのは(はばか)られた。第三者に聞かれたら、大騒ぎどころの話ではなくなる。


 ふっと湧いた好奇心にフタをしつつ、オレはウィームレイたちが着席するのを待った。その後、話を進めることにする。


 何だかんだ、まだ自己紹介しか済ませていないんだよね。やっと本題だ。


「ご承知かとは思いますが、夜分にもかかわらず参りましたのは、キサラさまの処遇を決めるためです。どうします?」


 キサラが同席しているため、外向きの態度で相談を持ち掛ける。


 オレの質問を受け、ウィームレイは眉間にシワを寄せた。


「そう言われても、な。最優先で決定すべきなのは、『キサラ殿を誰が保護するか』と『キサラ殿のことを、どこまで伝えるか』か?」


「その二点は最優先事項だな」


「では、キサラ殿。ご希望等はあるでしょうか?」


「希望、ですか?」


 質問の意図がピンと来なかったようで、小首を傾げるキサラ。


 それを受け、ウィームレイは「たとえば」と続ける。


「我々としてはこの王城にお迎えし、大々的にあなたのご降臨を祝いたいのですが――」


「全力でお断りします」


 セリフをすべて言い終えていないにもかかわらず、キサラは前のめりに拒絶した。その態度から、公の場に出ることを相当嫌がっているのが分かる。


 当然である。彼女のスタンスを考えれば、こう答えることは明らかだった。ウィームレイもそれを理解できていたため、先程の質問を投じたんだろう。


 わざわざ尋ねたのは、本人の口からしっかり確認しておきたかったからに違いない。


「……であれば、ゼクスに任せても良いだろうか?」


 少しの間を置いた後、ウィームレイは尋ねてくる。


 きっと彼は、問題が起こる度にゼクス(オレ)を頼っていることを、申しわけなく思っているんだろう。


 キサラの手前、表情には出していないが、長い付き合いのオレは感情を読まずとも理解できた。


 気にしすぎだとは思うけどね。


 オレやフォラナーダに任せられるトラブルは、たいていの場合、常人には解決しづらい案件だ。一定ラインを越えていないものは他者に回しているし、彼が思うほど、フォラナーダに頼りすぎているわけではない。


 まぁ、ノウハウを学ぶ機会を潰しているという点では、ウィームレイの采配は間違っているか。


 とはいえ、それに関しては仕方のない部分もある。オレに回される問題のすべては、一歩間違えれば国が大ダメージを受けるものだった。確実性を取るのは当然だろう。


 今回もそう。対象は、初代聖女という聖王国最上の偉人、しかも魂のみの状態だ。


 預ける家には、丁重にもてなせるだけの品格が必要なのはもちろん、不測の事態に対処できる応用力も欲しい。


 そうなると、選択肢はフォラナーダしか残っていないだろう。聖王家にこちらの者を出向させるという手もあるが、対応能力が若干落ちる。


 結局、選ぶ余地はないわけだ。ウィームレイの気苦労には同情するよ。


 ただ、彼の苦労も時間が解決すると思う。周りの地力が上がっていけば、フォラナーダ任せの案件も自然と減っていく。


 そして、オレが魔法技術を少しずつ広めているため、それは確実に訪れる未来だ。だからこそ、ウィームレイのことを『気にしすぎ』だと評したのである。


 オレは軽く肩を竦ませつつ、ウィームレイの問いに答えた。


「引き受けましょう」


「助かる」


「お気になさらず」


 元々オレが持ち込んだ問題なんだ、責任は取る。そう言外に告げる。


 もちろん、当のキサラの前で口にはしない。これまでの振る舞いを見るに、気に病んでしまうだろうから。


「よろしくお願いいたします、ゼクスさん。ご迷惑をお掛けします」


 一連の話を大人しく聞いていたキサラは、オレに向かって静々と頭を下げる。


 オレは右手を軽く振った。


「迷惑なんてことはございません。むしろ、一介の貴族の屋敷に住まわせることになり、申しわけないくらいです」


「それこそ、気にしないでください。私は住居にこだわりはございませんので」


「そう仰っていただけると、肩の荷が下ります。とはいえ、何か要望がありましたら、遠慮なくお申しつけください。できる限りはお応えします」


「分かりました」


「本当に遠慮なさらないでくださいね? 我々聖王国民にとって、キサラさまを歓待できることは、とても光栄なことなんですから」


 漏れ出る感情から、形だけの返事だと察しがついたため、念を押しておく。


 オレやカロンは例外だが、他の面々がそう考える可能性は非常に高い。キサラが二歩も三歩も退くことは、かえって彼らを傷つけるだろう。


「……分かりました。善処しましょう」


 こちらの意見を受け、改めて頷くキサラ。


 政治家のするような灰色の回答だったものの、先程までとは感情の動きが異なっている。言葉通りに受け取って良いはずだ。


「次は、この情報をどこまで伝えるか、だな」


 タイミングを見計らって、ウィームレイが次の話題に進める。


 といっても、こちらに関しては、先程よりもテキパキと終わった。


 悲しいかな。聖王国は大きなトラブルに慣れているのである。つまり、情報の伝達範囲も、いつも通り決めれば良いんだ。


 結果、当面は王城に務める重鎮と公爵家に情報を共有する、と決定した。

 

次回の投稿は10月6日12:00頃の予定です。

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初代様を利用して良からぬ事を考える輩が現れて秒で始末される未来が見えました
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