Chapter29-1 聖女(1)
皆さま、お久しぶりです。
諸事情があり、当初の予定よりもお待たせしてしまいましたが、本日より投稿を再開させていただきます。
(3日に一度の間隔を予定しております)
よろしくお願いします!
十二月頭。いよいよ寒さが本格し始めた今日、王都にあるフォラナーダの別邸ではパーティーが開かれていた。
貴族が開くような本格的なものではない。友人同士で行う、遊びの延長のパーティーだった。テニスコート二面ほどの広さのホールに複数のテーブルが並べられ、その上にたくさんの料理が置かれている。
参加者はオレ――ゼクスとカロン、オルカに加え、ダンたち幼馴染み三人、前世の妹である友里恵とその友人の実湖都、アルトゥーロやモーガンといったクラブの後輩、森国からの留学生ネレイドとエインセルだ。
総勢十二名。給仕の使用人を含めれば、二十程度の人数がこの場に集まっていた。仲間内で行っているにしては、そこそこ規模の大きい催しだろう。全員、カジュアル寄りのドレスやスーツを身につけている。
今回の主役はターラだった。ダンの妹で、幼馴染みの一人でもある彼女のとある功績を祝うため、こうしてパーティーを開いたんだ。
彼女が何を成し遂げたのかというと、学園の二学期末に開催される『魔闘祭』にて優勝したのである。しかも、個人戦で二連覇、団体戦で三連覇を果たしたんだ。
『魔王の終末』のせいで個人戦の三連覇こそ逃したものの、優秀な成績なのは間違いない。平民で二連覇を達成したのは、学園史上初らしいからね。幼馴染みとして、師匠として、彼女を盛大に祝福するのは当然のことだった。
友里恵と実湖都は無関係の人物に思えるが、実はそうでもない。
現在の彼女たちを含めた転移者は、暫定生徒として学園に通っているのである。元の世界に帰った際に社会復帰しやすいよう、向こうと共通の科目を学んでいるんだ。その過程でターラと交友を持った、というわけだな。
友里恵たち二人だけなのは、ターラが大人数のパーティーを望まなかったから。オレたちフォラナーダ組が幼馴染みの三人しか参加していないのも、同じ理由だった。
留学生組は何故参加しているのかって?
ターラと同級生であるネレイドが、団体戦のチームメンバーだったためだ。
というか、本来は五人チームのところを、二人だけで二連覇してみせたんだよね。正直、驚いたよ。
オレがターラの師匠を務めていたとはいえ、ニナの時とは異なり、教えた内容は一般的なものに毛が生えた程度。精神魔法も深淵までは教えていないし、自己強化系に偏らせていた。ハンデを負った上で二連覇できるほど、強くした覚えはなかったんだ。
実際、現在のターラのレベルは45。他の学生よりも高いのは事実だが、人数差を引っくり返すくらい圧倒的な開きはない。
つまり、ターラたちは自分たちの力を百パーセント以上発揮できるよう、創意工夫を凝らして戦ったわけだ。称賛に値する快挙だろう。当の本人は『指導が良かったんですよ』と謙遜しているけどね。
参加者がターラの友人に限定されているだけあって、パーティーはとてもにぎわっている。彼女を中心にした人垣ができており、笑い声が絶えなかった。
オレは、その様子を笑みを浮かべながら遠巻きに眺めている。
「輪の中へお入りにならないのですか?」
ふと、隣から声が掛かる。
そこには一人のメイドが立っていた。淡い青紫の髪をシニョンにまとめた、生真面目そうな表情を浮かべる美人である。
彼女の名前はシオン、オレの妻の一人だ。今回は給仕のまとめ役として参加していた。
普通であれば、伯爵家に嫁いだシオンがメイドとして働く必要はない。だが、彼女は自分の仕事に誇りを持っているようで、秘書業以外にも手を出していた。
メイド歴が長いので下働きこそしていないものの、大半の時間をメイドとして活動している。身にまとうメイド服はビシッと決まっており、とても様になっていた。
ただ、
「シオン。そのグラスの中身、ジュースじゃないと思うぞ」
彼女が持つお盆にはグラスが置かれていたんだが、その中身がおかしかった。微かに漂う香りからして、おそらくお酢だろう。りんごジュースか何かと間違えたんだと予想できる。
一見すると完璧人間のシオンだが、このように、その実態はおっちょこちょいのドジっ娘だった。
まぁ、素の能力が高いかつ勤勉で、周りがフォローできるレベルのミスしか犯さないため、チームで動いてもらう分には些事で済むんだけどさ。
「え!?」
こちらの指摘を受け、素っ頓狂な声を漏らすシオン。
彼女はすぐさまグラスの中身を注視し、直後には頭を下げていた。器用にも、お盆を手に乗せたまま。
「申しわけございません! 今すぐ、替えのものを用意します」
「いや、いいよ。それよりも、オレとお喋りをしよう。手持無沙汰なんだ」
慌てて裏手に戻ろうとするシオンを、オレは引き留めた。
最初は渋る彼女だったけど、こちらがしつこく頼んだ結果、最終的には折れてくれた。
シオンは首を傾げる。
「それで、何を喋るのですか?」
「さっきの続きだよ。『何で、輪の中に入らないのか』ってやつ」
「明確な理由があるのでしょうか?」
「そんな大した話じゃないけどね。単純に、カロンたちに先を譲ってるだけさ。修行をつける時に、オレはターラと何度も顔を合わせてるし」
何なら、祝いの言葉は優勝直後に告げている。他領の当主が有能な人材を求めて『魔闘祭』を観戦するように、オレもあの場に居合わせていたからな。当然、成長の芽がありそうな者の勧誘もした。
ターラに至っては、すでにフォラナーダの内定が出ている。来年度から、彼女はフォラナーダ勤務だ。
「そういえば、来年からターラはシオンの部下だな」
「ゼクスさまの配下でもありますが」
「立場上、仕事でオレと直接関わることは少ないだろう?」
「そうでもありませんよ。彼女は将来の幹部候補ですから。本人の生真面目な性格を考慮すると、数年以内に直接やり取りするようになると思います」
「それもそうか」
シオンの言葉に納得する。
確かに、ターラは真面目で物覚えも良い。あっという間に出世しそうだ。
ちなみに、フォラナーダで働く上で、身分や出身はあまり関係ない。多少は考慮するが、だからといって足を引っ張ることもなかった。むしろ、他領よりも平民が出世しやすい環境だろう。
何故なら、オレが実権を握った際の立て直しで、権力者たちの大半は排除してしまったから。
今はだいぶ回復しているものの、当時は身分等を吟味するほどの人材的余裕はなかった。そのため、能力次第でのし上がれる環境が形成されたわけである。
当時の慌ただしさを思い出し、遠い目をするオレ。おそらく、シオンも同じ思考に至ったんだろう。彼女も、どこか遠くを見つめている。
二人の間に、僅かな沈黙が降りる。
すると、その間隙を縫うように、第三者の声が掛かった。
「ゼクス。ちょっといいか?」
声の方に目を向けると、そこには男女一組が立っていた。片や、茶髪茶目で、野性味溢れるガタイの良い男性。片や、セミロングの緑髪を持つ、明るい雰囲気を湛えた女性。
彼らは、オレたちの幼馴染みであるダンとミリアだ。ダンの方はターラの兄でもある。
オレは笑みを浮かべ、ダンたちに応じた。
「久しぶりだな、二人とも。遅くなったけど、結婚おめでとう」
「ダンさん、ミリアさん、おめでとうございます」
シオンも、オレの祝辞に続いた。
そう。この二人は、つい一ヶ月半ほど前に結婚したんだ。
ただ、式場が混乱すると踏んでオレたちの出席は見送っており、その代わりに祝いの品は送っていた。
また、お互いに仕事があったので、こうして対面するのも式後初めてとなる。ゆえに、祝福の言葉を掛けたわけだ。
「サンキュー」
「ありがとう、ゼクスさん、シオンさん。あと、贈り物もありがとうね。嬉しかったよ」
こちらのセリフを受け、ダンたちは柔らかく頬笑んだ。気恥ずかしいのか、若干頬が赤らんでいる。
気のせいかもしれないけど、二人ともまとう空気が変わったな。少し前まで『忙しない子ども』といった雰囲気だったのに、いくらか落ち着いた感じがする。
「それで、二人ともどうしたんだ?」
挨拶も早々に問いかけると、ダンは軽く肩を竦めた。
「久しぶりだから話しておこうと思ってな。あっちはヒトがいっぱいだし」
「社会人になったせいで、ゼクスさんと話す機会が益々減っちゃったからね。こういうチャンスは逃さないようにしないと」
「なるほど。そういうことなら喜んで付き合うよ。シオンもいいかい?」
「ご要望とあらば」
「ぜひぜひー。わたし、シオンさんともお話ししたいな」
「だそうだ」
「承知いたしました」
そういったやり取りを挟みつつ、オレたちはたわいもない会話で盛り上がる。
基本的に近況報告がメインだった。
「近衛騎士団は優秀なヒトばっかで、毎日刺激的だぜ」
「でも、遅れを取ることはないよ。カロンちゃんに色々教えてもらったお陰だねー」
「だな。カロンには感謝してもし切れねぇ」
「もちろん、許可してくれたゼクスさんにも感謝してるよ」
「どういたしまして。カロンにも直接言ってあげてくれ。喜ぶから」
「応ともよ!」
二人とも、近衛騎士団として充実した日々を過ごしているらしい。
とはいえ、問題なく職務をまっとうしているのは、オレも知っていた。ダンたちは失念しているようだが、オレは彼らの上司に当たるんだよ。元帥と近衛騎士では、些か関係性は遠いけども。
まぁ、わざわざ指摘する必要はないだろう。変に畏まられても嫌だし。
その後も、雑談に興じるオレたち。
だが、しばらくすると、
「お兄さま」
離れた場所で談笑していたカロンたちが、ぞろぞろと近寄ってきた。
次回の投稿は9月18日12:00頃の予定です。




