Chapter28-3 違うもの、変わらぬもの(2)
昨日より、Pixivコミックでもコミカライズの連載が始まりました。
よろしくお願いします!
陽が昇ったばかりの早朝。昼間に比べて人気の少ない時間帯に、オレたちは駅馬車の停留所に集合していた。運良く、朝一番の予約が取れたのである。
予定時間前なので馬車の姿はないが、あと少しすれば、やって来るだろう。
若干ながら生まれた閑暇を、仲間うちで雑談しながら過ごす。
すると、こちらに近づいてくる人影が二つあった。片や二メートル半はあるガタイの良い男、片や一メートル半も届いていない華奢な少女だ。
見るからに家族だろう雰囲気をまとっていなければ、事案だと勘違いしそうな体格差だった。
二人とも秘色の肌と柘榴色の髪を持っており、頭部にはコブとも似た二本の丸い角が生えている。
たしか、オーガと呼ばれる種族だったかな。身体能力――とりわけ腕力の高さが特徴だと、町での情報収集中に聞いた。
オーガの親子(仮)は迷いなくこちらに近寄ってきた。そして、オレたちの前に立ち止まると、父親の方が尋ねてくる。
「こちらは、スクエア行きの馬車で合っているでしょうか?」
厳つい見た目とは裏腹に、ずいぶんと腰の低い物腰だった。振る舞いからして、何らかの客商売をしているのかもしれない。
「はい、合ってますよ。ここはスクエア行きの馬車です」
オレが笑顔で応じると、父オーガはホッと胸を撫で下ろした。
「良かった、間に合った」
「寝坊でもしたんですか?」
同乗者のようなので、せっかくの機会だと会話を掘り下げてみる。他者の交流を嫌うタイプではなさそうだし。
その予想は正しく、彼は苦笑いを溢しながらも返事をしてくれた。
「寝坊はしていないのですが、馬車の予約ができていなくて」
「なるほど。席が埋まる前に、馬車を待たなくてはいけなかったと」
この町――というより、魔獣島の駅馬車は予約を優先しつつ、空いた席は先着順という仕様なんだ。だから、急いで停留所を目指していたんだろう。早朝出発なら乗員は少なく、二人程度は乗れるはずだと信じて。
実際、席は空いていた。オレたちの予約した馬車は大型で、最大十二人が乗れるからね。
父オーガが「恥ずかしながら」と言って後頭部を掻くと、娘オーガがアクビを噛み殺しながら悪態を吐いた。
「パパのせいだからね。あたし、もっと寝てたかったのに」
「だからゴメンって。何度も謝ってるだろう?」
「許すなんて言ってない」
「そんなこと言わずに」
「ふん!」
「えっと、何かあったんですか?」
急に親子ゲンカを始めたことに困惑したものの、オレは合間を見て父オーガに尋ねる。
彼は頭を下げながら、事情を説明してくれた。
「すみません、突然。そこまで大した話ではないんですよ。観光最終日だからと羽目を外し、昼間から酒を飲みまして――痛ッ」
父オーガは、言葉の途中で小さな悲鳴を上げた。
どうやら、娘オーガにスネを蹴られたらしい。涙目になっていることから、相当痛かったのだと分かる。
まぁ、自業自得だな。
要するに、昼間から酔っ払ったせいで、本来やるべきだった馬車の予約を失念していたわけだ。娘さんが怒り心頭なのも無理はない。
オレは苦笑を溢し、蹴られた部位をさする彼と、娘さんに改めて告げた。
「今さらですが、オレはゼクスと言います。たった一日だけですが、同じ馬車に乗る仲です。仲良くしましょう」
「嗚呼。これはご丁寧に。私はガホウ。こちらは娘のサロヌです。こちらこそ、よろしくお願いします」
笑顔で握手を交わすオレたち。漏れ出ている魔力からは、友好的な感情が窺えた。
同乗者が社交的な魔人で良かった。これなら、さらなる情報収集も難なく行えそうだ。
内心で安堵していると、ぶっきらぼうな感じでサロヌちゃんが手を差し出してきた。
「あたしもよろしく。カッコイイお兄さん」
彼女の頬は、僅かに赤く染まっていた。まだ十歳くらいだと思うが、結構ませた子だったらしい。
というか、変装したオレの顔立ちって素のままなんだけど、魔人からも整って見えるんだな。人類と多種多様な姿を持つ魔人と美的感覚が変わらないのは、ちょっと不思議である。
「よろしく、サロヌちゃん」
握手を断る理由はない。たとえ、その父親から鋭い眼光を向けられていたとしてもね。
ひとまずの挨拶を終えたオレは、続けて仲間たちの紹介も行った。
「実は、ここにいるのはオレの仲間なんですよ。彼らとも仲良くしていただけると幸いです」
そう伝え、大人しくしていたマリナたちに視線を誘導する。
全員が簡単に自己紹介を終えると、ガホウは少し驚いた様子で口を動かす。
「大所帯だったんですね。やはり、この町には観光に?」
「ええ。出発前の軍を一目見ようと」
「あたしたちと同じだね!」
「うん、同じだ」
サロヌちゃんが嬉しそうに加わってきたため、オレも笑顔で頷き返してあげる。
ガホウも娘の反応が頬笑ましかったのか、笑声を漏らした。
「あはは。考えることは皆同じ、ということですね」
「そうみたいです。で、一通り観光は終わったので、帰るところでした」
「お住まいはスクエアなんですか?」
「いいえ。スクエアを経由して、首都を目指す予定です」
この魔獣島は中央付近に四つの大山が存在し、それらの合流する幽谷が島の中心点となっているんだ。
そしてスクエアとは、幽谷手前にある交通都市。島の北側から首都へ向かうには、必ず通る必要のある町だった。
「何と!」
こちらの旅路を明かしたところ、ガホウは吃驚の声を上げた。いや、彼だけではない。サロヌちゃんも瞠目している。
二人の反応を訝しんでいると、ガホウが呆気に取られながらも言葉を続けた。
「私たちも、首都に帰るんです。ここまで同じだと、何だか運命を感じてしまいますね」
なるほど。確かに、それなら驚くのも無理はない。
首都に向かう者自体は珍しくないかもしれないが、予約を逃した結果だとすれば、運命的にも感じる。子どもの感性なら特に。
ガホウの方は冗談交じりだったが、サロヌちゃんは瞳をこれでもかと言うほど輝かせていた。
……何となく、次に彼女が告げてくるセリフが予想できてしまう。
「ゼクスたちも、首都まで一緒に行こうよ!」
やっぱり。
予想通りすぎる反応を見せた彼女に呆れつつ、オレはどう答えるべきか考える。
通常の潜入任務なら、この親子と行動をともにするなんて言語道断だ。部外者とは接触を控えるべきである。
ただ、今回は“魔人たちを知る”という目的もあった。一般人であろう彼らと一緒にすごすのは、その面でメリットになる。
あと、子どもが一緒なのは、怪しさを軽減する良いカモフラージュにもなるな。
デメリットも当然ある。
それは、この親子に、こちらの素性を怪しまれる可能性が上がることだ。長く行動をともにすれば、どう足掻いても不審点は隠し切れなくなる。
もちろん、即座に正体がバレるほどの愚行を侵すつもりはない。だが、小さな不審も、積み重ねれば大きな疑念に変わる。
要するに、チキンレースだ。バレるのが先か、首都に辿り着くのが先か、の。
損得を勘定して、チキンレースをする価値があるのか判断すべきだろう。
「おいおい、サロヌ。ゼクスさんたちにも都合があるんだ。困らせてはいけないよ」
「パパは黙ってて! あたしは、ゼクスに訊いてるのッ」
「む、むぅ」
こちらが悩んでいる間に、親子の方は結論が出たらしい。といっても、一方的な対話に終わったが。
ガホウは尻に敷かれるタイプだったようだ。娘相手にも言いくるめられてしまうとは……。彼自身に、断る確固たる意志がなかったのも理由だろうけども。
あとは、こちらの回答次第か。どうしたものかね。
オレは、チラリと他のメンバーの表情を窺う。
全員、オレに判断をゆだねる模様。小さく頷くに留めている。
ポーリオだけは渋い顔をしていたが、誘いに乗った場合のメリットを理解しているようで、口出ししてくることはなかった。
――よし。
「じゃあ、一緒に行こうか」
オレはサロヌの誘いを受けることにした。
結局は、『魔人の同行者がいる』というメリットが大きいんだよ。旅の途中で知り合った程度の関係では、これまでと大差ない情報しか得られない可能性が高いもの。
ここは、危険を承知でも踏み込むべきだ。
「やったー!」
諸手を挙げて喜ぶサロヌを尻目に、ガホウは申しわけなさそうに問うてくる。
「良いんですか、ゼクスさん? ご迷惑では?」
「構いませんよ。我々は、このまま真っすぐ首都に向かうだけでしたから。それなら、にぎやかな方が楽しい。だから、そこまで気になさらないでください」
「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます」
オレが真っすぐ視線を返すと、ガホウは若干困惑を残しつつも、素直に受け入れた。こちらがまったく迷惑に感じていないと察したんだろう。
こうして、オレたちの旅に、新たな二人の同行者が加わるのだった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。