Chapter28-2 発展の核心(5)
小鬼たちに教えてもらった宿『赤竜の牙』は、彼らの言っていた通り、すぐに見つけられた。
規模が大きすぎるのである。三メートル越えの巨人でも寝泊まりできるようなサイズだった。
……“ような”ではないか。実際、そういった客層を狙っているんだろう。移動中に巨人系の魔人を何人も見かけたし、同様のスケールの建物もあったから。
とはいえ、そこに自分たちが宿泊するとなると、改めて圧倒されてしまう。小人になった気分だった。
他の面々も同じ感想を抱いていたようで、一様に呆然と宿を見上げている。
十秒ほどは固まっていただろうか。ふと、宿の巨大な扉がゴゴゴと音を立てて開いた。
「あん? 客か?」
こちらを見下ろすのは、三メートルの背丈を持つトカゲ顔だった。鮮烈な赤色の鱗をまとった、二足歩行するトカゲである。
いや、頭頂部に生えた二本の角や背中に折りたたまれた翼を見るに、ドラゴンと表した方が正しいか?
小鬼たちの『宿の主人は赤魔竜族』という発言を思い返せば、間違っていないと推測だと思う。
うん。これは確かに、普通のヒトには勧められない宿だな。
赤魔竜の彼を見上げながら、オレは僅かに苦笑を漏らす。
何せ、彼が顔を出した瞬間から、一帯の雰囲気が様変わりしていたんだ。肌がひりつくほどの魔力が、周囲に蔓延していた。
町中で見かけた魔人程度であれば、こんな中で過ごすのはストレスに違いない。
しかし、オレたちは問題なかった。膨大な魔力量を持つオレや魔力との親和性が高い精霊のマイムは、ほとんど影響を受けていない。
鍛錬によって人並み以上の魔力を獲得しているマリナやマロンも、『少し空気が重くなった』程度で済んでいる。
魔術大陸組だけは懸念だったけど、魔道具の発する魔力のお陰で平静を保てていた。
全員が大丈夫だと判断したオレは、こちらを見下ろす赤魔竜に答える。
「客だよ。この人数で泊まれる宿として、ここをオススメされたんだ」
すると、彼は「ほぅ」と感心の声を溢す。
「なるほど、それなら納得だ。今はどこもかしこも満員だろうからな」
「泊まれるかな?」
「おう、問題ないぜ。あんたたちは、俺の魔力にも耐えられるみたいだからな」
「それは良かった。じゃあ、ここにいる全員で泊まるよ。とりあえず、三日ほど」
オレはホッと安堵し、宿泊する旨を伝える。
対して、赤魔竜は二カッと笑みを浮かべた。
「毎度あり。……っと、その前に一つ注意事項だ。今さらかもしれないが、俺に『丁寧な接客』とやらは期待しないでくれ。敬語とかは苦手なんだ。もちろん、全力でもてなすつもりだけどよ」
「構わないよ。ところで、あなたが『赤竜の牙』の主人でいいのかい?」
「おっと、名乗り忘れてたな。これは失敬。その通り。俺が『赤竜の牙』を切り盛りしてるガンドだ。とりあえず三日間、よろしくな」
「オレはゼクスだ。こちらこそよろしく」
一通りの挨拶を終えたオレたちは、赤魔竜のガンドの案内に従って宿の中に入る。
建物内もすべてが大きかったものの、不便には感じなかった。
というのも、オレたちのような客が訪れることもあるので、それ専用の設備がしっかり用意されていたんだ。
ガンドも、言葉遣いこそ粗野ではあるが、サービス精神あふれる対応をしてくれた。
最初は不安を感じた『赤竜の牙』だったけど、オススメされるだけはある宿だったと思う。お陰で、心置きなく調査が行えそうだ。
小休止を置いたオレたちは、早速、調査のために町へと繰り出した。グループ分けは以下の通り。オレ、エコル、ラウレアのA班。マリナ&マイム、マロン、ポーリオ、護衛三人のB班といった具合だ。
正直言うと、この編制は揉めた。主に、ポーリオから反対の申し出があった。バランスが悪い云々と。
彼の本音はひとまず置いておくとして、人数や実力のバランスが取れていないのは事実だ。
しかし、様々な要因を考慮すると、これが最適解なんだよ。
まず、護衛三人はポーリオから離れられない点。護衛なんだから、当たり前の話だな。だから、この四名はセット扱いしなくてはいけない。
この時点で、人数差を小さくするのは難しくなった。
次に、今回が潜入調査であること。万が一を想定するなら戦闘力も相応に必要だけど、重視すべきは周囲に溶け込む技能だ。
その点に限れば、魔術大陸組のトップ3は護衛たちだろう。逆に、生粋の王侯貴族であるポーリオやラウレアはワースト2である。染みついた高貴な振る舞いが目立つからね。
つまり、今回の組み合わせは、潜入調査の面で見るなら、バランスが取れているんだ。
護衛三人がポーリオを目立たせないようにフォローし、その穴をマリナたちが補う。フォロー役の人数も多いので、そうそう正体が露見することはないはずだ。
オレの方はフォロー役が一人しかいないものの、そこは実力のゴリ押しで何とかなる。
それに、誰かと打ち解ける能力で言えば、エコルはかなり高い。心配するほどの問題は起きないと踏んでいた。
さらにこの人選には、オレの負担を減らす目的も含んでいた。
当然である。オレたちは敵地の真っただ中に潜入している。しかも、背後に聖剣が控えている敵地に、だ。全滅の危機に陥ることだってあり得る話。
そんな時に対応するのが、オレの仕事だった。最悪の事態を何とかできる人材なんて、最大戦力であるオレくらいしかいないもの。
そのためにも、余力を残す必要があった。
それなりに実力があって、それなりに潜入調査を任せられて、少人数で済む。まさに、労力のかからない内訳だった。
まぁ、オレ一人で行動するのが最善ではあるが、その場合、マリナたちの負担が大きすぎる。何かヘマして、あちらが魔人たちに感づかれたら本末転倒だし。
これらの理由を滔々と述べたところ、ポーリオも納得してくれた。ものすごく不承不承といった表情を浮かべていたけどね。
別行動中、抱えている不満が爆発しなければ良いんだが……そこは彼の理性を信じるしかないか。
仮に暴発しても、マリナやマロンが上手く誤魔化すだろう。その辺りの要領は良い二人だから安心できる。
「それで、アタシたちはどうするの? 二手に分かれても回り切れないほど、この町は大きいよ」
つらつらと思考を巡らせていると、不意にエコルが話しかけてきた。
今は比較的空いている小通りを歩いているんだが、左隣の彼女は、こちらの顔を覗き込みながら首を傾げた。
すると、オレが返答する前に、右隣にいたラウレアが口を開く。
「まずは、大雑把に巡るのが良いのでは? わたくしたちはこの都市について何も知らないのです。細かく探るよりも、概要を掴むことが先決でしょう」
「それもそっか。『ここに○○がある』なんて知っても、今のアタシたちじゃピンと来ないもんね」
ラウレアの指摘に納得したようで、エコルはポンと手を合わせて頷いた。
見た目は主人公と悪役令嬢なのに、ホント仲が良いよなぁ、この二人。
彼女たちのやり取りを頬笑ましく眺めつつ、オレも意見を告げる。
「まだ最初の一歩だ。焦らず、ゆっくり行こう。土地勘もそうだけど、魔人たちの常識なんかも、彼らを観察しながら覚えていきたい」
何が当たり前で、何が当たり前ではないのか。そういったことも、この調査の中で覚える必要がある。この魔獣島内に限って、オレたちは赤子も同然なんだから。
宿は三日取ったけど、場合によっては伸ばしても良い。さすがに一ヶ月は無理だけど、一週間くらいなら初期投資の範疇だと思う。
オレのセリフを聞いたエコルとラウレアは、異口同音に返事をする。
それから陽が傾くまでの間、オレたちは担当区域である都市の東半分を練り歩くのだった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




