Chapter28-1 軍靴が鳴る(3)
「調査に同行させてください」
案の定だった。当事者たちに嘘を吐くわけにはいかないと考え、包み隠さず真実を伝えたところ、ポーリオがそんなセリフを返してきた。
こちらが乗り気ではないことを察したんだろう。彼は言葉を重ねる。
「最悪の場合、その場で切り捨てていただいても構いません。少しでも多くの情報を、本国に持ち帰りたいのです」
「私たちの調査結果を提供しますが?」
「事は我々の存亡に関わります。あなた方を経由するよりも、当時者たる私たちが直接見聞きするべきでしょう。私たちの能力に応じた、より正確な分析ができます」
一応、論理的な思考で下した判断らしい。こちらの提案に対し、ポーリオは淡々と返答した。
顔が真っ青でなければ、彼の冷静さを疑うことはなかったに違いない。
これはポーリオの非ではない。自国どころか大陸中が蹂躙されるかもしれないんだ。その恐怖は察してあまりある。現に、彼以外の魔術大陸組も顔面蒼白だし。
しかし、同情だけで、首を縦に振るわけにはいかなかった。
「あなた方の命を懸けてまで欲するものなのでしょうか?」
「それは……」
オレの指摘に、ポーリオは言葉を詰まらせる。
それはそうだろう。『情報の正確さを求める』という彼の意見は一理あるものの、逆を言えば、一理しかなかった。ポーリオたちの命と比べたら、どちらに天秤が傾くかなんて言をまたない。
つまるところ、ポーリオは冷静に見えて焦っていたんだ。強大な敵を前に、視野狭窄に陥っていた。
ゆえに、オレは諭すように告げる。
「ここは我々フォラナーダに任せていただきたい。それが、魔術大陸にとっても最善でしょう。心配なさらずとも、『そちらの問題だから』とは申しません。あれを見ては、ね」
元々、聖剣以外に介入するつもりはなかった――が、あの文明発展を目撃しては、そうも言っていられない。
調査結果次第にはなるが、仮にヒト型魔獣が人類の敵対者だった場合、連中が他大陸へ進出してくる可能性がある。危険の芽は、早いうちに摘んでおいた方が良い。
無論、おんぶに抱っこでは困るが、初動調査くらいは一任してもらいたい。
「ありがたい申し出ですが、すべてを任せきりにはできません」
それでも、ポーリオは割り切れないようだった。渋い表情を浮かべながら、なおも追いすがってきた。
自分たちのことは自分たちで何とかしたい。その自立心は尊敬に値するが、状況的に意を汲んではいられない。
とはいえ、説得に時間を掛けるのも面倒くさかった。
――仕方ない。
オレは折衷案を語る。
「では、ひとまず我々だけで潜入し、あちらに我々の存在が探知されるか否かを調査します。探知できないようだったら、殿下方の同行を許可しましょう」
「探知された場合は?」
「同行は許可しません。というか、状況次第ではありますが、我々はそのまま敵の本丸まで攻め込みます。でないと、手遅れになりかねませんから」
「なる、ほど……」
「言っておきますが、これ以上の譲歩はできませんからね?」
同行許可の条件を提示しているだけ、かなり妥協しているんだ。安全を第一に考えるなら、フォラナーダ陣営のみで突入するのがベストなんだから。
このような案を提示したのは、モオ王国の立場を慮ったのもあるけど、エコルやラウレアがオレに『協力したい』という意図の視線を向けていたためだ。
友人たちの意思は尊重したいし、彼女たちなら、自分の身を守るおよび逃亡する程度の最低限は実行できるはずだもの。
あと、魔力を持たない者が聖剣の影響下に入った時、魔力を持つオレたちと反応が異なるのか否かも確かめておきたかった。
というのも、新大陸に存在する聖剣候補の一つが、魔力にまつわる能力を持っているんだよ。
叡智の聖剣レーヴァテイン。それは、魔力と熱を操る能力を持つのだとカレトヴルッフは語っていた。
魔力を操るゆえに、魔力に由来したオレたちの探知が弾かれているのでは? と、現状は推測しているのである。
そういった理由もあり、彼らの同行を良しとする条件を上げたんだ。
こちらがこれ以上は譲らないと悟ったんだろう。ポーリオは僅かに迷いながらも頷いた。
それを認めたオレは、早速、次の行動を起こす。
「これより、フォラナーダ組は新大陸――魔獣島に潜入する。そして殿下たちは、安全も考慮して、一旦モオ王国に戻ってもらいます」
「なっ、約束が――」
「落ち着いてください。『一旦』です。私たちの潜入がバレた場合、あなた方を守る余力がなくなるかもしれません。バレなくとも、森の中で巡回しているヒト型魔獣に見つかってしまうかもしれません。ここは敵地も同然なんですから」
慌て出すポーリオを落ち着かせると、ラウレアが得心の声を漏らした。
「モオ王国に、ヒト型魔獣の軍勢のことを報せる必要もありますわね。あの軍が我々の下へ辿り着くまで時間が掛かるとはいえ、こちらにも相応の準備期間が必要ですから」
「必要あるの? ゼクスたちが止めてくれるんじゃ?」
そこへエコルが疑問を呈する。
ラウレアは苦笑いを浮かべた。
「だからといって、準備をしないわけには参りませんわ。それがあり得ない可能性であっても、備えを怠ってはいけません」
「それもそっか」
エコルの納得を最後に、異論が口にされることはなかった。
全員が沈黙したのを見計らい、オレは改めて言葉を発する。
「では、殿下たちには戻っていただきます。転移先は、モオ王国の王都でいいですね?」
「よろしくお願いします」
ポーリオの同意を得てから、【位相連結】を開いた。頭から足下に向けて動かし、手早く転移させてしまう。
残ったのはフォラナーダ所属の四人のみとなった。
「行くぞ」
「「「はい!」」」
異口同音の返事を聞き、オレたちは駆け出す。
そうして、いよいよ聖剣の影響下に突入するのだった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




