Chapter27-2 不協和音(4)
マリナたちとモオ城に滞在して三日目。モオ王国側は、当初の予想を悪い意味で覆していた。というのも、未だ調査に同行する部隊編制が決まっていないのである。
どうやら、オレの謁見時にいなかった貴族たちが今回の一件を嗅ぎつけ、無理やり会議に参加して引っ掻き回しているらしい。部外者が調査の主体はダメだとか、何か裏があるに違いないとか、ね。
しかも、連中は第二王妃の実家の派閥で、それなりに強い権力を持っているんだよ。だから、よほどの愚行を仕出かさない限り、会議から追い出すことは難しいらしい。
複数の派閥が国内に存在することや、反対意見が出ること自体は良い。議論の紛糾は元の意見を洗練させ、より良い結論を導き出すことに繋がるからね。
だが、最低限の知恵は備えてほしいものだ。オレの存在を否定したところで、モオ王国には何の益もない。仮に許可が得られなかったとしても、オレは勝手に山岳地帯を調査するんだから。
その辺り、ケオ王たち謁見時にいた面々は理解しているんだろう。だからこそ、オレに何も制限を掛けなかった。
「もう、勝手に出発してしまおうか」
モオ城の庭園内にあるガゼボでお茶をたしなんでいたオレは、そんな発言を溜息交じりにする。
すると、同席していたウルコアが慌てた調子で言葉を紡いだ。
「もう少しだけ待ってほしい。今朝、ようやく同行者の選定に入ったんだ」
「ってことは、最低でも、あと三日は掛かりそうだ」
「うっ」
彼としては必死の弁明だったんだろうが、そこへエコルが鋭いツッコミを入れたせいで台無しとなった。反論はできないらしい。
然もありなん。ケオ王たちはオレたちの同行者にウルコアを推していたようだが、会議を引っ掻き回している連中がそれを承諾するわけがない。ウルコアは第一王妃の子だからな。派閥が違う。
黙り込んでしまったウルコアに代わり、ラウレアが今後の流れを口にした。
「おそらく、第二王妃派閥は第二王子を推薦するでしょう。十六と若いですが、すでに使い魔は召喚しておりますから。しかも、その使い魔は火翼竜。戦力としても、機動力としても相応しいですわ。……とはいえ、それをケオ王たちが認めるかは別ですが」
「だろうな」
オレは彼女の推察に同意する。
これまでの流れを見るに、ケオ王はウルコアを王太子に任命したがっている。未だそうしていないのは、周辺各位への根回しが終わっていないかだろう。
一方、第二王妃派閥は、それを何としてでも阻止したい。ゆえに、第二王子に功績を積ませたいんだ。
今回の一件は、すでにモオ王国の権力争いに挿げ代わっている。どちらかが隙を見せるまで、議論は紛糾し続けるだろう。
政治家たるオレ、ウルコア、ラウレアは、そろって溜息を吐いた。果てしない権力闘争が容易に想像できたために。
そんな中、エコルが沈痛な面持ちで溢す。
「またスタンピードが起こるかもしれないのに……」
彼女の言う通りだ。山岳地帯の先で何が起こったのか判明していない以上、スタンピードが繰り返される懸念は拭えていないんだ。緊急事態は依然続いており、権力争いをしている場合ではないのである。
それでもなお、空気を読まない戦いを続けるのが、権力者という愚者なんだけどね。
溺れた者が水上の空気を求めて必死にもがくように、権力に溺れた連中も、周囲の何一つが目に入らないのである。
「そもそも、わたしたちにも留まれる限界があるからねぇ」
沈みかけた空気を無視して、マリナが冗談交じりの口調で肩を竦めた。
彼女には珍しい振る舞いだったので、わざとに違いない。このままだと空気が悪くなると判断したんだと思う。
せっかくなので、オレもそれに乗っかった。
「そうだな。残してきた部下たちが優秀とはいえ、限度がある。最大、どれくらい滞在できそうかな?」
「突発的な外出とはいえ、今回は探索任務の予定でしたのでぇ、一ヶ月はこちらでの活動が可能かと~」
「ということだ。早く片づけないと部下たちが目を回してしまう」
マロンに具体的な数字を答えさせつつ、オレは茶目っけ交じりに言った。
それから、ウルコアを真っすぐ見据え、指を二本立てた。
「二日だ。二日以内に結論を出さなかったら、オレたちは勝手に出発する。そう、ケオ王たちに伝えてくれ」
山岳地帯やその先に何が待ち受けているか分からない現状、『まだ三週間強ある』なんて悠然としてはいられない。夏休みの宿題ではないんだから、余裕を持った行動が肝要だった。
「わ、分かった」
こちらの態度から、本気度合いは伝わった模様。ウルコアは真剣な面持ちで頷いてくれた。
これで意思表示は完了した。ケオ王ならば、会議をしっかりまとめてくれるだろう。
もしもダメだったら見限るまでだ。オレが山岳地帯を調査するのは個人的な事情であり、モオ王国にお伺いを立てたのは単なる義理立てにすぎないんだから。
「どうなると思います~?」
『今すぐ伝えてくる』と言ってウルコアが席を外した後、マリナがそんな質問を投げかけてきた。大雑把すぎるが、何を尋ねているのかは理解できた。
オレはアゴに指を添え、ほんの少しだけ思案を巡らせてから答える。
「第二王子に任せるんじゃないか?」
「えっ、そうなの?」
驚きの声を上げたのはエコルだ。彼女はウルコアが選ばれると踏んでいたらしい。
「念押しを受けて、ケオ王たちも冷静になるだろうからな」
「???」
「わたしも、ちょっと分からないかも~」
オレの補足を聞いても、エコルはチンプンカンプンという様子だった。それに続き、マリナもコテンと首を傾げている。声には出していないが、ラウレアもこちらの意図を掴み切れていないみたいだ。
抽象的すぎたか。もう少し踏み込んだ説明をしよう。
「オレに同行しても、大した功績にはならないんだよ」
「何でさ? スタンピードって危機を回避できるし、地図になかった部分を解き明かせるのに」
「それは、同行する面々の功績じゃないだろう」
「「うーん?」」
「そういうことですか……」
未だ理解が及んでいない二人に対し、ラウレアはようやく得心した様子。
彼女は苦笑い交じりに続ける。
「よくよく考えてみれば当然ですわね。山岳地帯の調査が叶うのは、ゼクス殿がいらっしゃるから。つまり、調査の大半はゼクス殿が実行することになります。同行者の出る幕などありませんわ。元々、モオ王国側は無理をいって同行させていただくのですし」
「あ~、なるほど。功績は全部、ゼクスさまのものってわけかー」
ラウレアの語りでマリナも納得できたらしい。ポンと両手を叩いた。
なおも首を傾げるのはエコルだ。
「誰が調査したかなんて分からないんだから、同行しただけでも功績になるんじゃないの?」
戦でお飾りの大将になることがあるじゃん、と彼女は言う。
へぇ。エコルも、それなりに貴族の勉強はしてきたらしい。以前よりも詳しくなっている。
確かに通常であれば、同行するだけでも箔がつく。それは調査系の実績でも変わらない。
だが、今回は例外だった。
「貴族的には、部下の功績も自分の功績になるんだよ。だから、戦争ではお飾りの大将でもいいんだ。戦場に立つことが重要だからな。でも、今回は違う。オレたちが調査のすべてを行うから、本当についてくるだけになるはずだ」
勝手に動くことはできるかもしれないが、オレたちが注目していない時点で、大した情報ではないだろう。それに、その場合の安全保障はできないし。
「ほぼ確実に、同行者は文字通りの『同行者』になる。王位争いに役立つような功績は残せないさ」
「であれば、リスクを冒してウルコアを調査に送り出す理由はない、というわけですね。万が一に大ケガをされては困りますから」
「そういうこと。だから、第二王妃派閥の意を汲んだと見せかけて、会議を終わらせると予想できるんだ。即決すると怪しまれるし、明日辺りには結論がつくんじゃないか?」
ラウレアの言葉に首肯し、オレはそう締めくくる。
一通り聞き終えたエコルは「ほへぇ」と間の抜けた声を漏らした。
「色々と考えてるんだなぁ」
「あなたは、もう少し考えていただきたいですわ。何のための勉強ですか」
「ひゅーひゅひゅー」
ラウレアに半眼を向けられ、下手くそな口笛を吹き始めるエコル。
学校での成績を見るに、彼女はむしろ勉学を得手としているはずだが、貴族関係となると勝手が違うようだ。
まぁ、気持ちは分かる。オレも最初の頃は戸惑ったからな。庶民が貴族を学ぶのは難しい。
共感したのはオレだけではなかったようで、
「分かる、分かるよ~」
と、マリナがエコルと握手を交わしていた。その流れから、貴族に関する勉強の愚痴を言い合い始める。二人とも、かなりストレスが溜まっていたみたいだな。
それを見てラウレアは大きな溜息を吐いたが、止めるつもりはない様子。ここでガス抜きをした方が良いと判断したんだろう。
とりとめのないお茶会は、そんな調子でお昼過ぎまで続くのだった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




