Chapter27-1 伝統の最前線(3)
救助活動は思いのほか早く終わった。オレが何かしたわけではなく、地元民たちが想像以上にテキパキとこなしていったんだ。
そして今、地元民たちはガレキの撤去作業や仮設住宅の設営、物資の配給などを行っている。
彼らの迷いない動き的に緊急事態に備えたマニュアルが存在し、普段から避難訓練を積んでいるんだろう。
六百年前に現れた始祖は現代日本からの転移者だったみたいだし、そういった指導を徹底していても不思議ではなかった。
わざわざ手を貸す必要もなさそうなので、【位相隠し】に保管しておいた保存食をいくらか提供した後、オレはエコルたちを連れて話し合いの場を設けた。
場所は無事だった家屋の一つ。トロールたちを殲滅したのがオレだと知った地元民たちが、快く貸与してくれたんだ。
「「……」」
その屋内では、二人は目尻に涙を溜め、沈黙していた。
そう、二人である。トロールたちの襲撃を受けた村には、エコル以外にも知った顔があったんだ。モオ王国の公爵令嬢で、金髪ドリルの髪型などの“如何にも悪役令嬢”といった容姿を持つラウレアである。
道中で聞いた話によると、学校の長期休暇に際し、エコルがモオ王国の王子たるウルコアに、『祖国の観光に来ないか?』と誘われたらしい。一人だと不安なので、同国出身のラウレアに同行してもらったとのこと。
今回のスタンピードは、その観光の最中に巻き込まれたようだ。
ここまでは良いんだが、問題はその先にあった。
ウルコアは王都へ退避したというのに、エコルたちは逃げなかったんだ。明らかに戦力不足の、負け戦だったにもかかわらず。
実は、ラウレアも危ない状況だったという。オレが助太刀しなければ、間違いなく死んでいただろう。
ゆえに、オレは二人を叱ったんだ。死ぬ気だったのかと。考えなしの自己犠牲は自己満足と大差ないぞ、と。
最初こそ『自分たちの行動によって救われた命もある』と反抗的な意見を持っていた二人だけど、懇々と説教することで理解させた。自己犠牲なんて、救われた側からしたら“捨てられない錘”にしかならないんだから。
「エコルはオレへ連絡を取るって手段もあったんだ。自分たちだけで解決したい心意気は評価するけど、できないことまで手を広げるのは感心しない。ラウレアも、彼女の協力者ならしっかり忠言するべきだったな」
エコルはカナカ王家の正当な後継者だ。世間の混乱を避けるため、今でこそ公にしていないが、いつかは表舞台に立つ機会が巡ってくる。こういった甘い考えは是正すべきだろう。
秘密を共有するラウレアにも、その辺りの意識は強く持ってほしかった。きっと、将来はエコルの側近的なポジションに立つだろうからね。
だからこそ、念入りに注意しておく。
「「……はい」」
しょんぼりと肩を落とす二人を見るに、こちらの意図はきちんと伝わったみたいだ。これ以上の説教は逆効果になりかねないし、やめておこう。
オレはパンと両手を合わせる。
「さて、説教はおしまいだ。ここからは旧交を温めるとしよう」
オレの空気が軽くなったのを察してか、エコルたちの緊張も少し緩まる。
その後は、お互いの近況を簡単に語り合った。ちょくちょく【念話】で連絡を取っていたものの、帝国との戦争が始まってからは疎かになっていたからね。
エコル側の話は、主に学校生活が中心だった。楽しそうに語る彼女の様子からして、大きな問題は発生していないと判断できる。
連絡が滞って半年程度なら当然だろう、と普通は考えるかもしれないが、それは分析が甘いと言わざるを得ない。
エコルは主人公体質――かなりのトラブルメーカーだ。半年もあれば、問題の一つや二つを抱えていても不思議ではない。
実際、小さなトラブルには見舞われていたらしい。ラウレアと、もう一人の協力者であるエルア第二王女がフォローしたお陰で、大事には発展しなかったんだとか。
あと、相変わらず、高位貴族の子息にモテている模様。この大陸の男子は積極的な者が多いようで、毎日デートに誘われて困っていると、エコルが愚痴を溢していた。
ラウレアは苦笑い交じりに語る。
「特に熱心なのは、我が国のウルコア殿下とキカ王国のマウロア殿下ですわね。卒業後も頑張ってエコルとの繋がりを保とうとしておりますもの。在学生だと、アエコ王国のオレロ殿下とホヌ王国のラニ殿下でしょうか。お二方とも、エコルの傍にいようと、あらゆる手を尽くしております」
ウルコアやマウロア、ラニに関しては、オレも面識があった。前者二人は元生徒会メンバーで、猛烈なアピールをエコルにしていた。最後の一人は、生徒会の職務の一環で相談に乗った可愛い系の少年だったはず。
「えーっと、オレロというと、アエコの王子だったか?」
たしか、カナカでの一件で、チラッと顔は見た気がする。直接言葉を交わしたことはないので、国はあやふやだが。
オレの質問に、ラウレアは頷いた。
「ええ。元々交流はあったのですが、ウルコア殿下方が卒業した途端、その穴を埋めるように急接近してきました」
「あからさまだな。相変わらず、凄腕のフラグ建築士だなぁ、エコルは」
「ちょっと! その言い方じゃ、アタシが率先して男子を引っかけてるみたいじゃんッ。変な勘違いはしないでほしいんだけど!」
オレたちがそろって溜息を吐くと、エコルが心外だと言わんばかりに吠えた。
無論、現状がエコルの意図したことでないのは分かっている。今の会話はからかい半分、心配半分のものだった。
本人がどう思おうと、他人視点だと意図的に見えるかもしれない。また、悪意ある第三者が妙な噂を流す可能性もある。エコルの不安定な立場を考慮すると、気を遣うに越したことはないんだよ。
封建社会において、異性の注目を浴びることは、必ずしも有利に働くとは限らない。表向きの身分が低い者は特にね。派閥間のバランス取りが大変なんだ。
「となると、今回の旅行は、ほとぼりを冷ますためか」
オレはアゴに指を添え、言葉を紡ぐ。
それに対し、ラウレアはコクリと頷いた。
「はい。学校から距離を取るのはもちろん、ウルコア殿下の誘いに乗ることで、手当たり次第に粉をかけているわけではないと示すのが目的でした。幸い、殿下からの誘いでしたので、借りを作る心配もありませんわ」
「エルア王女には?」
「相談済みですわ。快諾いただきました。根回しも任せてほしいと」
「なら、問題ないか」
さすがは公爵令嬢。この手の段取りには慣れているようだ。
加えて、賢しいエルアが『任せろ』と言ったのなら、わざわざオレが首を突っ込む必要もないだろう。
「むぅ。アタシのことよりも、ゼクスが何をしてたのか聞きたいんだけど」
話題が一段落した辺りで、エコルが唇を尖らせて尋ねてきた。どうやら、からかいすぎたらしい。反省しよう。
オレは彼女のリクエストに応じ、連絡が途絶えていた半年間のことを、他者に公開できる範囲で話していく。
といっても、戦争の詳細は語れないため、割と手短な話になってしまうけどね。せいぜい、終戦したことや自分が新しい力を手に入れたこと、転移者の概要程度かな? 正味、十分程度で終わる話だ。
ただ、それだけでも彼女たちにとっては濃厚な内容だったようで、
「ゼクスもゼクスで、相変わらずだったんだね」
「ええと……あはは」
エコルは呆れた表情を浮かべ、ラウレアには曖昧な苦笑を溢されてしまった。
まぁ、当然の反応だろう。オレの経験が非常識である自覚はあるもの。
「嗚呼、それと――」
「まだ、何かあるの?」
伝え忘れていたことを思い出したところ、エコルが『もうお腹いっぱいです』みたいな態度で口を挟んできた。
オレは苦笑いしながらも、「大事なことだから」といって続けた。
「ミネルヴァが妊娠したんだよ。もう安定期に入ってて、来年の春先くらいに生まれる予定だ」
「子どもができたの!?」
すると、エコルは素っ頓狂な声を上げた。かなり衝撃的な内容だったらしく、彼女はテーブルに手を突いて身を乗り出している。
ラウレアも驚いているようだが、エコルほど大仰な反応ではなかった。むしろ、突然の大声の方にビックリしている感じだ。
「エコル、はしたないですよ」
すぐさま我に返ったラウレアは、まずエコルをたしなめる。
それから、彼女はオレに向かって「おめでとうございます」と祝いの言葉を告げてきた。
エコルも、慌てた様子で「おめでとう」と続く。
オレは礼を返しつつ、ラウレアに問う。
「あまり驚かないんだな」
「フォラナーダ夫妻の仲睦まじさを考えれば、時間の問題だと考えていましたので。むしろ、遅いくらいでは?」
「その辺は調整してたからなぁ」
「嗚呼、なるほど。順番を間違えると、外野がうるさいですものね」
貴族の教育をしっかり受けているだけあって、ラウレアの理解は早い。お陰で、詳細を語らなくて済んだ。
一方のエコルはキョトンと首を傾げているけど、説明は後回しで良いだろう。今すぐ彼女が理解しなくても問題ない話題だ。
当の本人もそこまで気になってはいなかった模様。すぐに表情を改めた。
エコルは両手をパンと合わせ、意気揚々と提案する。
「じゃあ、贈り物を用意しないと! 何がいいかな、ラウレア?」
「気が早くありませんこと?」
「候補を絞ってくことを考えると、遅いくらいでしょ」
「それもそうですわね」
キャッキャと相談し合う二人は、どこからどう見ても無二の親友だった。オレが離れた後も、しっかり友情を育んでいたらしい。
前世の知識ありきだと、主人公と悪役令嬢にしか見えないんだけどね。それが少しおかしく思える。
「ねぇ、ゼクスは何が欲しいとかある?」
「そうだなぁ。たいていのものは――」
エコルがこちらに水先を向けてきたので、オレも会話に加わる。
その後、国の役人の声が掛かるまで、オレたちは旧交を温めるのだった。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




