Chapter27-1 伝統の最前線(1)
お待たせしました。本日より後日談を開始したいと思います。
一部、二部とは違い、誰かの運命を覆すような大きな目標はございませんが、ゼクスたちの波乱万丈なエピソードをお楽しみいただけたら幸いです。
よろしくお願いします!
神の使徒ダルクとの決戦を終えてから二ヶ月弱。収穫期を間近に控えるこの季節は、多くの農村を抱えるフォラナーダにとって毎年多忙の時期だ。しかし、今年は例年以上に慌ただしかった。
理由は色々あるけれど、一番の原因は、一ヶ月前に帝国との間に正式な終戦協定が結ばれたことだろう。諸々の交渉や後始末はもちろん、漁夫の利を狙おうと愚考した都市国家群の連中を牽制しなくてはいけなかったんだ。
特に、戦力を大きく削られていた帝国側は、愚者連中の戯れでもシャレにならない可能性があった。
聖王国にとってはほとんど対岸の火事ではあるものの、わざわざ存続させた国が被害に遭うのは面白くない。ゆえに、自国を守るついでに、ある程度の援助を行ったわけだ。
オレ自身は直接関わっていないんだけど、シワ寄せはあった。人的リソースは有限だからな。
そんな経緯もあり、今年の秋季はどこも忙しかった。使用人は忙しなく廊下を行き来しており、文官たちは書類をせっせと捌き、武官たちは戦後で緩みがちな治安に目を光らせている。
これはフォラナーダに限った話ではない。戦争をしていた両国全体の一般的な光景だった。
「やっぱり、戦争は百害あって一利なしだな」
領内のみならず、聖王国や帝国内の報告書を読み終えたオレは、溜息交じりに書類を机の上に置いた。
その所作が少し乱暴だったせいか、執務室内にパサリという音が大きく響く。同室にいる文官たちは無言で筆を動かしていたので余計に。
文官の注目が若干こちらに集まったのを感じ取れたので、オレは片手を挙げて『気にするな』と伝えた。些細な指示だけで、優秀な彼らは元の集中力を取り戻す。
ここでは軽口も難しいと判断したオレは、一度部屋を出ることにした。
自分の仕事に関しては心配いらない。【刻外】という時間を止める術を持つオレにとって、書類仕事はどれだけ増えようとも誤差だもの。
「どちらに向かわれますか?」
執務室を出て程なく、オレより三歩後ろを歩くメイドが声を掛けてきた。
淡い青紫の髪をシニョンにまとめ、服装もピシッとシワ一つなく着こなす彼女の名前はシオン。オレの秘書であり、フォラナーダのメイド筆頭であり、オレの第五夫人である。
貴族の嫁なのにメイド? と首を傾げるかもしれないけど、これは本人の意向なんだ。結婚後もオレの役に立てるよう働きたいらしい。本当に、オレにはもったいない、できた嫁だよ。
オレは肩越しに彼女へ答える。
「ミネルヴァのところに顔を出そうと思う」
第一夫人であるミネルヴァは、現在妊娠四ヶ月を迎えていた。安定期に入ったものの、最近まで悪阻などの体調不良が目立っていたので、念のために確認しておきたかったんだ。
すると、シオンは微妙な表情を浮かべた。
「またですか?」
「何か問題でも?」
「いいえ。ですが、いくら何でも通いすぎかと」
第一子だから心配なのは分かりますが、と彼女は苦言を呈する。漏れ出る魔力を見るに、嫉妬などではなく真面目な助言らしい。
うーむ。言われてみると、ミネルヴァの下へ行く回数が多すぎるか? 仕事が一段落する度に顔を見せているから……日に十回以上? 確かに多いかも?
でも、あのミネルヴァがあそこまで苦しんでいるのを見ると、どうしても心配になるんだよなぁ。
渋るオレの内心を悟ったのか、シオンは言葉を続ける。
「もっと信用しても良いかと。あの方の傍にはカロンさまやスキアさまがいらっしゃるのですし」
暗に、二人の実力を疑うのかと問われる。
嫌な言い方をするなぁ。どちらもオレが認め、愛している嫁だ。その実力を疑うなんて天地が引っくり返ってもあり得ない。
とはいえ、シオンのお陰で我に返った気がする。彼女の言う通り、オレが心配しすぎるのは二人に失礼だろう。
オレは苦笑を溢し、肩を竦める。
「分かった、今後は回数を減らすよ。ただ、今回は行かせてくれ。もう、【念話】で顔を見せるって伝えちゃったし」
実は、執務室を出た直後に、ミネルヴァへ連絡を入れていたんだよね。さすがに、予告なく女性を訪れるのは失礼だもの。
「承知いたしました」
それを聞いたシオンも、こちらに釣られてか苦笑いを浮かべるのだった。
「何度も何度も顔を見せなくて良いから」
ミネルヴァの下へ訪れたところ、流れでその場にいたメンバーでお茶することになったんだが、早々にシオンと同様の指摘をされてしまった。
つっけんどんな発言をしたのは、当然ながらミネルヴァである。妊婦用の固めのソファに腰かける彼女は、ぷいっと顔を背けながら言い放った。
いつもとは違う一本結びの髪型も可愛いな、なんて関係ない思考をしながらも、オレは苦笑する。
「ごめん。今後は気をつけるよ」
シオンの時とは異なり、回数を減らすなどの具体的な話はしない。
何せ、ミネルヴァは素直ではないからな。今も、迷惑そうな態度に反して、オレの来訪を楽しみにしているような感情が窺えるし。
先程のセリフを口にしたのは、自分のせいでオレの仕事の足を引っ張りたくないためだろう。相変わらず、妙なところで義理堅く、頑固なヒトだ。
「分かれば良いのよ」
ミネルヴァは若干残念そうな感情を湛えつつも、それを微塵も面に出さず、手元のお茶に口をつける。
ちなみに、彼女のカップに入っているのは黒豆茶である。魔術大陸で美味しそうな品種が栽培されていたので、それを使ってみた。
閑話休題。
「では、その空いた時間は、私にください」
いつも通りのミネルヴァの態度に和んでいると、そんなセリフが放り込まれた。
口を開いたのは、お茶会に参加していた一人の金髪紅眼の女性。我が最愛の妹にして第二夫人であるカロンだった。
「ミネルヴァは、お兄さまと一緒にすごしたくないようですから」
その意地悪い言い回しは普段の彼女らしくないと感じたが、表情を見て悟った。カロンはわざとミネルヴァを煽っているんだと。
その他大勢は騙せても、オレの目は誤魔化せない。ほんの僅かだけど、カロンの口元が笑っていた。
たぶん、ミネルヴァの張っている意地を剥したいんだろう。もっと素直に言えと、カロンは遠回しに告げているんだ。
「そ、そんなことは言ってないわよ」
「そうですか? 顔を見せる必要はないと仰っていましたけど?」
「そういう意味じゃないわ」
「では、どういう意味でしょう?」
「ぐぬぬ」
ミネルヴァは慌てて反論するが、カロンはさらに言葉をかぶせて追い詰める。
容赦ないな、と思うけど、二人の関係性を考えると当然の流れか。似た者同士だからか、カロンとミネルヴァは普段からケンカが絶えないんだよ。
もちろん、本気で仲違いしているわけではない。ケンカ友だちというか、『ケンカするほど仲が良い』を地でいっているのが彼女たちなんだ。
今回もその一環のようで、二人の会話は徐々にヒートアップしていく。
いつもなら模擬戦の流れなんだけども――
「す、すすすストップ、ですッ」
二人が腰を上げようとしたタイミングで、お茶会メンバーの一人が割って入った。
どもりながらも大声を上げたのは、深紫色のロングヘアに金色の瞳を持つスキアだった。
「ひゃっ!? え、えっと……み、ミネルヴァさまは妊婦なんですから、せ、戦闘行為は、だ、ダメです! か、カロンさまも、む、無闇に煽らないで、く、くださいッ」
彼女は自分に注目が集まったことに驚きつつも、自分の主張を最後まで告げた。
スキアの発言を受け、カロンたちはバツが悪そうに視線を逸らす。反論の余地はないようだ。
ちょっと感動である。対人能力が低い――あけすけに言えばコミュ障の彼女が、他人のケンカの仲裁を行ったんだから。成長したなぁ。
口論を止められたことで気が抜けたのか、「はふぅ」と息を吐きながら座り込むスキア。そんな彼女の頭を、オレは優しく撫でてあげた。よくやったよ。
「と、ところで、お仕事の調子は如何ですか、お兄さま?」
若干気まずげな空気が流れた刹那。それを切り捨てるように、カロンが質問を投げかけてきた。
強引だけど、話題転換はオレも望むところなので、素直に乗っかる。
「順調だよ。このままいけば、収穫祭の前には通常通りに戻ると思う」
他の領地は分からないものの、フォラナーダは何も問題ない。【刻外】のお陰もあるが、部下たちが優秀で頑丈なお陰だった。末端の使用人まで鍛え上げている我が領は、そう簡単に潰れないんだよ。
……言っておくが、しっかり休暇や休憩時間は取らせているぞ? いつもより忙しくても過労状態にはならない、という意味だ。
じゃなきゃ、今のオレは『部下を働かせているのに、自分だけ嫁とイチャイチャしている鬼畜上司』になってしまう。
オレの言葉を聞き、カロンはホッと胸を撫で下ろす。
「良かったです。戦争が終わってからずっと、城内の皆さんが忙しそうなのが心配だったので」
「私も安心したわ」
ミネルヴァも息を吐いて肩の力を抜いていた。
然もありなん。ミネルヴァに関しては、結婚してから外交方面でガッツリ関わっていたからな。自分の抜けを心配していたんだろう。
「仕事の心配は無用だよ。オレはもちろん、シオンやオルカ、優秀な部下たちがいる。多少忙しくなっても揺るがないさ。な?」
「はい、お任せください」
オレとシオンが胸を張って断言すると、カロンやミネルヴァは頬笑んだ。
「そうですね。皆さん、優秀な方々ですからね」
「分かったわよ。でも、何かあったら、遠慮なく頼りなさいよ?」
その後も、穏やかな空気のままお茶会は続く。
まだまだ騒乱の名残はあれど、オレたちの日常は間違いなく帰ってきていた。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




