Chapter26-8 選択肢(4)
「うおっ!?」
転移した直後、【銃撃】が眼前に迫っていた。
十中八九、この世界のオレの仕業だろう。どういった道を辿ったオレなのかは知らないが、オレよりも探知能力が高いらしい。
とはいえ、この程度の攻撃は予想済み。吃驚の声を上げつつも、余裕をもって回避することに成功した。
それから、即座に用意しておいた対策を発動する。
「【停止世界】」
指定範囲の時間を停める魔法を行使した結果、周囲一帯は氷の世界に生まれ変わる。周辺の白い砂は氷に覆われ、幻想的な景色へと様変わりした。
当然、追撃として放たれていた無数の【銃撃】も凍りつく。強度的に一瞬の停止が精いっぱいだけど、それで十分だった。宙で固まった魔弾の群れを、すぐさま同じ【銃撃】で破壊し尽くす。
凍った魔弾が弾け、氷と魔力の粒がキラキラと舞う。地面を覆う白い氷と合わせて、とても美しい光景を作り出していた。
また、別の場所からもパリンと氷の割れる音が鳴る。
前方百メートル地点にいたそれは、この場で一際狂暴な魔力を放ち続ける存在だった。
一言で表すなら、白い怪物。ヒト型ではあるものの、全身に白い魔力をまとい、炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。右目の赤のみが、唯一の異なる色だろう。
あれが何者であるか、改めて語るまでもない。
というか――
「あぐっ」
彼と目が合った途端、胸中に流れ込んでくる憤怒と憎悪。
その量は計り知れない。一瞬だけでも心臓が爆発しかけたにもかかわらず、際限なく流れ込み続けた。限界を知らない怒りが、悲しみが、憎しみが、虚しさが、焦燥が、後悔が、自責が、孤独感が、オレの中身を圧迫する。
滂沱の如きそれに、“オレ”は流されそうになる。目前の白い怪物――この世界のオレと同一存在になりかける。
しかし、それを許容するわけにはいかない。オレは歯を食いしばり、心を奮い立てた。冷めていく感情に、必死に薪をくべた。【平静】を連発して、心の均衡を保った。
感情の流入を完全に防ぐことはできないものの、ある程度の抑制に成功する。
「クソッ。予想はしてたけど、今までの比じゃない」
何とか意識の上書きを防いだオレは、そんな愚痴を溢す。
これまでの平行世界巡りでも感情の同期は行われてきたが、今回は強烈だった。
奴の抱えている感情の総量が段違いなんだよ。感情を飛び越えて意識の上書きをしてくるなんて、どれだけ狂っているんだ、この世界のオレは。
まぁ、見た目からして酷いから、納得はできるんだけどな。あの白い姿、完全に魔力が暴走している。
自分を含めたすべてを漂白する、白と無色の極致といったところか。精神魔法を極めた平行世界もあったが、あれとは別ベクトルでぶっ飛んでいる。
何でこんなことになったかは、感情の同期のお陰で推測できた。
というのも、流れ込んでくる数多の感情の中に、微かな記憶の断片が紛れ込んでいたんだ。それは『“透過”なんて教えなければ良かった』という、彼の後悔。
おそらく、この世界のオレは、グリューエンとの決戦前に、カロンたちに“透過”の技術を教授してしまったんだろう。
彼女の金魔法【汝の闇が命を差し出す】を知らなかったのか、最悪の事態を想定できていなかったのかは分からないが、どういう結果に陥ったのかの予想は容易い。
オレがアリアノートに足止めされている間に、カロンたちの誰か、もしくは全員がグリューエンを倒してしまったんだ。そして、彼女の復活の生贄にされてしまった。
元の世界に戻ってきた時、きっとカロンたちは全滅していたんだと思う。その時の絶望は想像を絶するものだったに違いない。
守るべきものを失ったオレは暴走し、グリューエンごと世界を滅ぼしたわけだ。
アカツキもいたはずだけど、止めらなかったんだろう。
暴走したオレは、ヒトの枠を超えた魔力を捻出している。魔法においては、現時点のオレより強いかもしれなかった。であれば、アカツキが敗北しても不思議ではない。
他の世界線にも影響を及ぼしそうなのに、他の神の使徒たちが降臨しなかったのは不思議だが……嗚呼、なるほど。
一つの疑問が生じたけど、すぐに解消した。
空を見上げ、気づいたんだ。この世界は閉じていると。
上空には星々が輝いているんだが、すべて張りぼてだったんだ。見た目だけの産物にすぎない魔力のフタだった。
おそらく、オレが最後の理性を働かせ、この世界を閉じたんだと思う。ゆえに、中には誰も入れないし、外への影響も皆無なんだ。
オレは例外である。フタがオレの魔力なら、オレの精神への読み取りを遮れるわけがなかった。
「そろそろ時間切れか」
加速した思考のお陰で色々と考察できたが、いつまでも待ってくれるほど敵は優しくない。そんな理性は持っていない。
というか、いつもより思考速度が落ちているな。ジワジワと侵食してきている感情のせいだろう。これを抑えるのに、だいぶリソースを割かれている。
全力の半分くらいしか力を出せそうにないが、愚痴を溢している暇はなかった。何せ、この世界のオレ――白い怪物が、もう襲い掛かってきているから。
魔眼【皡炎天眼】を使ったんだろう。白い炎が足下から噴き出す。
オレはそれを【白煌鮮魔】で分解し、その場から駆け出した。白い怪物を中心として、円を描くように凍った地面を高速で走る。わざわざ狙い撃ちさせる必要はないもの。
白い怪物には【皡炎天眼】の反動がないようで、こちらを追いかけるように連発してきた。白い炎が氷とその下の砂を焼き尽くし、ぽっかりと穴が開く。
どうやら、向こうは、魔力回復量が異常発達しているらしい。魔眼を連続使用しているにもかかわらず、微塵も魔力が減っていない。
そりゃそうだ。暴走状態を長時間も維持できるなんて、今のオレの魔力量でも厳しい。回復が消費を上回っているからこそ可能な芸当だ。
となると、『理性がないのを利用して無駄打ちを誘い、疲弊させる』という作戦は無駄か。こちらの弱体化している現状、一番効率的な方法だったんだが、仕方ない。
さて。では、どう対処するべきか。
次の作戦を考えていると、オレを追いかけていた白い炎が消えた。白い怪物が【皡炎天眼】の使用を止めたんだ。
オレは走りながらも、敵の一挙手一投足を注視する。あいつが何を仕出かすか予想できないために。
白い怪物は上半身を倒し、前傾姿勢になった。それから、その体勢のまま、オレを追跡するように体を動かしていく。その動作は、まるで砲台の照準を合わせる作業のようだった。
この比喩がかなり的を射たものだったと、すぐに理解する。
次の瞬間、白い怪物の口元がパックリと割れた。そして――
「カッ!!!!!」
「嘘だろっ!?」
――裂帛の声とともに、白いビームを放ってきた。
次話は、予定を変更して明日に投稿する予定です。
その代わり、元日は更新がありません。ご容赦願います。




