Chapter26-8 選択肢(3)
どれくらい時間が経過しただろうか。精神魔法に溺れた平行世界のオレと出会って以降、オレは様々な平行世界を巡った。
いずれの世界も些細な差異だったが、いくつか特徴的な世界が存在した。
まずは、フォラナーダが聖王国から独立した世界だ。どうやら、カロンの婚約騒動の際に選択を違えたらしい。
独立直後に聖王国との戦争が勃発したようで、オレたちの世界に比べるとフォラナーダは疲弊していた。
当時のオレはアカツキにも勝てない程度の実力だったため、数の暴力に対応し切れなかったんだろう。向こうにはアリアノートもいただろうし。
そして、肝心の聖王国は滅びていた。こちらのオレが滅ぼしたのではなく、復活したグリューエンが国の大半を更地にしたんだよ。フォラナーダ独立が妙な影響を与え、聖女たちの行動が変化してしまったようだ。
大量の犠牲者が出たものの、カロンたちは平穏に暮らしている。可もなく不可もない結果と言えよう。
次に、幼いうちに伯爵家を捨て、カロンとともに冒険者として放浪した世界。
苦労が多すぎると捨てた選択肢は、案の定の末路を辿っていた。仕事とカロンの世話を同時並行でこなすのは、いくらオレでもハードだったんだろう。何らかの病気を患っていたようだった。
また、生活も貧しかった。スラムとまではいかないが、貧困層の住まうボロボロの小屋にオレとカロンは身を寄せていたんだ。
この世界のオレは、大して強くなれなかったらしい。伯爵家の財源がなく、アカツキと出会えず、仕事や妹の世話に追われていたのなら当然だが。
身を寄せ合う二人を見て思う。おそらく、遠からず彼らは死ぬ。オレはかなりの重病だし、カロンも一人で生きていくには弱すぎる。
何か手を打つことも考えたが、それよりもオレの強制移動の方が早かった。
結局、眺めていることしかできなかった。後悔と憎悪の渦巻く彼の瞳は、しばらく忘れられそうにない。
最後は、もっとも最悪な世界。それはカロンが闇落ちした世界である。
たぶん、この世界は最初から間違えていたんだろう。オレの愛を独占したいと考えたカロンが魔族の誘惑によって暴走し、グリューエンに体を乗っ取られ、最終的にはオレの手で殺されたんだ。
被害は二番目の世界の比ではなく、世界中が未だ復興の途中だった。カロンが相手だったため、こちらの世界のオレも本気で戦えなかったのかもしれない。
しかも、カロンを止めようとしたせいでシオンも死んでいるという。本当に最悪な世界だ。
正直、こちらの世界のオレが何で生きているのか不思議なくらいだが、様子を見る限り、カロンを繋ぎ留められなかった罪悪感と義務感で動いているみたいだ。
あとはミネルヴァたちの献身のお陰かな。ギリギリ心を保っているのがよく分かった。彼女たちがいなければ、今すぐにでも首を掻き切っていると思う。それほど、彼の瞳は虚ろだった。
数多の世界を巡り続けて、理解できたことが三つある。
まず、この平行世界巡りはオレの精神世界で行われていること。実際に平行世界へ転移したのではなく、読み込んだ各世界の情報を精神に反映しているんだ。
魔法などは違和感なく使えるし、【位相隠し】内の道具も取り出せるけど、これらはオレの記憶から抽出された幻想である。
最初の世界で死にかけのミネルヴァを助けたのは、意味のない行動だったわけだな。
次に、平行世界の情報は、オレを起点に読み込まれている。オレが死んだ世界は反映されないため、確認することができない。
例えば、内乱に巻き込まれたオルカの家族を助けに行った時。作戦が功を奏して敵大将を討ち取れたが、中には、逆にオレが殺された世界が存在したかもしれない。
そういった世界は覗けない。オレという観測点が消滅しているから。
最後は、オレと平行世界のオレの感情が同期していること。これが、平行世界巡りにおいて一番厄介な問題だった。
最初の頃は『自分のことだから共感しているのかな?』程度だったんだが、回数を重ねるにつれて、それが勘違いであると確信した。
彼らの喜怒哀楽が、オレに同期させられているんだ。それも、精神魔法の防御を貫通して強制的に。
そのせいで、オレの精神はかなり疲弊していた。何せ、何百何千という感情を背負わされたんだからな。
加えて、平行世界の中には……というか大半が選択を誤った場合である。何かしらの後悔や憎しみを抱えており、それらをダイレクトに感じてしまうんだ。
当事者になったと錯覚するほどの感情の同期は、本当に疲れる。オレが知らなかったはずの怒りや後悔が湧いてくるんだから。【平静】がなければ、耐えられなかったかもしれない。
――平行世界巡りは、まだ続いている。
いつ終わるかも分からない旅。さらには彼らの悔恨を背負わされるオマケつき。
これがただの幻想なら楽だったが、紛れもない現実。平行世界のオレ自身が経験した失敗談である。そのせいで、感情の同期とは別に心を深く深く抉られ、大いに共感を覚えてしまった。今にも心が折れそうだった。
もはや何度目かも分からない転移。
気がつけば、真っ白な砂丘に立っていた。どこを見渡しても砂だらけで、それ以外は何も見当たらない。物理的なものも、魔力的なものも一切なかった。
「グリューエンが復活して、聖王国を吹き飛ばしたのか?」
実のところ、グリューエンが何か仕出かすパターンは結構多い。
オレとアカツキの仲が一定以上深まっていなかったり、彼の活動時間を長くする魔道具を渡していなかったり、魔王教団を中途半端に刺激してしまったり、国内の愚か者たちを下手に煽ってしまったり。
そういった小さな亀裂を起点に、グリューエンが大手を振るって暴れてしまうわけだ。
オレたちは上手く立ち回れたなと、我ながら感心したよ。
まぁ、最大の功績はアリアノートなんだろうけどさ。彼女が裏であらゆる勢力を牽制および制御していなければ、色々破綻していただろう。
そういえば、アリアノートが存在しない……というより、オレの選択以外で分岐した世界は見ていないな。
あくまでも『オレ』の責任で変わった世界を見せているのか。本当に趣味が悪い。
密かに溜息を吐きつつ、魔力隠蔽込みの探知術を展開した。
並行世界の人々にオレの存在は認知できないが、オレ自身は気がつく。ゆえに、魔力隠蔽は必須技能だ。
友好的に接してくれるなら良いけど、失敗した世界のオレは好戦的な場合が多く、高確率で襲われるんだよ。自分自身との戦いなんて勘弁してほしいので、できるだけ身を隠したい。
「うん?」
探知術によって得られる情報に、オレは首を傾げる。
何故なら、何一つ反応が引っかからないから。魔法大陸を網羅できるくらいには広げたのに、砂丘以外は何も見つからなかった。岩や草木どころか、山、谷、川、湖……挙句、海も見当たらない。当然、人類を含めた動植物もない。本当に砂しかなかった。
海もないということは、星の上っ面すべてを吹き飛ばしたも同義。おそらく、他大陸も消え、砂しか残っていないだろう。
そんなこと、グリューエンには不可能だ。
いや、神の使徒が警戒していたらしいし、最終的には可能かもしれないが、オレが許さないだろう。オレが観測している以上、この世界のオレは生きているわけだし。
「……もしかして」
最悪の予想が過り、オレは頭痛を覚える。
この世界のオレに会いたくなかった。顔を合わせれば、強制的に感情を同期させられるから。見えている地雷を踏む趣味はない。
これまで散々同期させられてきたせいで、今のオレは相当ストレスが溜まっている。こんな特大の爆弾を抱えたら最後、呆気なく爆発する可能性は高かった。
精神が呑まれるのか、単純に暴走するのかは判断できないが、精神魔法によって己を見つめ直し続けたオレには分かる。次は絶対に耐え切れないと。
しかし、逃げることは難しかった。これまでの経験上、平行世界のオレと出会わなければ、次の世界への移動が叶わないから。
「はぁぁ」
溜息を吐くオレ。
道が前にしかないのなら、進むしかない。たとえ、その先が断崖絶壁だと理解していても。
目の前が崖であれば、飛び越えれば良い。オレは今までもそうしてきた。
覚悟を決めたオレは、探知術をさらに広げる。精神世界のお陰か、魔力範囲がいつもより簡単に広げられた。
そうして、とうとうこの世界のオレを発見する。彼は、現在地のちょうど裏側にたたずんでいた。魔術大陸のより南、もしくは天翼大陸より東。オレたちが未だ足を踏み入れたことのない領域である。
「腹をくくりますか」
気合を入れ直し、【位相連結】を開く。
鬼が出るか蛇が出るか。結果がどうなるかは、きっと神にも分からない。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




