Chapter26-7 超越(3)
「【神罰の嵐壊】」
先に動いたのはダルクだった。背後にある嵐の輪が光りながら回転し、それに呼応するように激しい雨が降り始める。視界が不明瞭になるほどの豪雨だ。
雨だけではない。空では耳をつんざくほどの雷鳴が響き、風もヒトが吹き飛ばされかねないレベルで吹いていた。
まさに嵐。地上に存在することごとくを破壊せんとする力の権化。
しかし、この魔法の長所は、その破壊力ではないだろう。
すぐに理解したよ。雨粒すべてに、弱体効果が付与されているんだ。一つ一つは微々たる効果量だけど、これだけの雨量。あっという間に、絶大な弱体を受けてしまう。
しかも、雨が降る限り際限なく能力を下げられていくわけで……。
「厄介な魔法だ」
舌を打ちながら、【万物の色を剥す無彩色】を周囲へバリア状にして展開。雨がオレに触れないよう対処した。
僅かに弱体化してしまったが、そちらも大丈夫。
「【再起動】」
状態を元に戻す無色魔法を自身に行使し、弱体効果を取り除く。
この魔法はケガ等も治せる優れものなんだけど、経験値とか慣れとかも“なかったこと”にしてしまうため、使うタイミングが難しいんだよね。
おっと、自分の魔法に思い馳せている暇はないか。
「シッ!」
ダルクが豪雨を突っ切り、攻撃を仕掛けてきたんだ。黄金の両手剣がオレの眼でも霞む速度で振り下ろされた。
とっさに魔力壁を五重に作り出して防御するが、ほとんど意味をなさなかった。ティッシュでも千切るように魔力壁は斬られ、そのままの勢いで剣が向かってくる。
とはいえ、まったく無駄だったわけではない。コンマ数秒を稼げたお陰で、オレはその場から飛び退くことに成功した。
白い地面を黄金の剣が叩き、激しい音と黄金の火花が散る。風圧もすさまじく、一瞬ながら、周囲の豪雨を吹き飛ばしていた。
当然、紙一重で回避したオレも、その煽りを受ける。ほんの一歩の後退が、数メートルの跳躍に変えられた。
難なく着地したものの、オレに状況を確認する余裕は与えられない。再び、ダルクが突貫してきたんだ。黄金の軌跡を描きながら、鋭い凶刃がオレの脇腹へと迫ってくる。
先程の威力を考慮するに、受け止めるのは不可能だろう。回避一択だ。
ただ、その回避も、一朝一夕とはいかない。
神化した上で【白煌鮮魔】を使っているというのに、剣先を捉え切れないんだよ。殺意も上手く誤魔化しているようで、【先読み】も上手く発動してくれないし。
余裕をもった上での紙一重ではなく、文字通りギリギリで避けていく。それほどまでにダルクの攻撃は速く、洗練されていた。
――こいつッ!
あちらの剣撃が十を超えた辺りで、ようやく把握する。
ダルクは【進化】の二重掛けを、己道にも使っていた。だから、オレであっても回避が精いっぱいなんだ。
純粋な身体能力は、己道を司る使徒ラディウスの三倍はあるだろう。それを精密に扱えているということは、技量も同等以上に高いと推察できる。
何でもアリかよ。
ディナト以上に【進化】の扱いが巧みなことと言い、今の己道の技量と言い、オバースペックがすぎる。『アカツキの後釜だから魔法専門』なんて考えが、完全に間違っていたことを理解した。
いや、もしかしたら、彼の後を継いだ時点では、魔法に卓越した存在だったのかもしれないが。トップに上り詰めてから、他の技術を鍛えた可能性は否定できない。
とにかく、敵の手札が魔法だけでないことは判明したんだ。こちらも工夫して戦わないと。
「【魂縛鎖】!」
こちらの懐へと飛び込んできたダルクへ、オレは魄術を放つ。白い霊力で構築された十本の鎖が、彼を絡め取ろうと殺到した。
素直に迎撃してくれると嬉しかったんだが、そんな甘い相手ではない。
鎖を見て何かを感じ取ったんだろう。ダルクはその場で急停止し、鎖の進路から逃れるために大きく後退した。
それから、彼はニヤリと笑う。
「魄術に【昇華】を使ったのか。さすがだ、特異点」
やはり、気取られていたか。
ダルクの言う通り、今の【魂縛鎖】は【昇華】を付与した代物だった。
才能のある魄術はすぐに応用できたのである。逆に、相性の悪い己道はある程度の時間を要しそうだけども。
「では、こちらも」
「まぁ、そう来るよな」
ダルクが剣を頭上へ掲げると、彼の背後に十体の騎士が出現した。
霊力が込められていることから、『従』の魄術で生み出した使い魔だと察しがつく。もちろん、【進化】の二重掛けが施された、ね。
雨を防ぐための【万物の色を剥す無彩色】が展開中なので、あの騎士たちがオレへ突貫してくる心配はいらないが、面倒くさい事態になったのは確かだ。攻撃がダルク本人のみだとしても、複数の敵が連携して仕掛けてくるのは厄介すぎる。
「行くぞ!」
ダルクが一気に懐へと飛び込んでくる。
当然、オレは魔法や魄術で迎え撃つんだが――
「やっぱり、面倒くさいッ」
その射線上に騎士たちが潜り込み、受け止められてしまった。防ぎ切れずに騎士は吹き飛ぶけど、肝心のダルクは無傷。
仕方ない。
オレは【位相隠し】から二本の短剣を取り出し、ダルクが振るう黄金の両手剣を受け止めた。
【昇華】した神化だけでは心許ないので、不安定ながら【進化】させた己道の身体強化も重ねがけする。
「ぐあっ」
しかし、【進化】の重ね掛けが一つ足りない分、こちらの方が不利。オレは後方に思い切り吹き飛ばされた。防御に使った短剣も粉々に折れ、右肩も負傷する。
ゴロゴロと転がりながら距離を取り、その勢いを使って跳ね起きた。
肩から流れる血は、すぐに止まる。ダルクには及ばなかったものの、身体能力を極限まで強化しているんだ。ゆえに、自然治癒も促進されており、致命傷であっても放っておけば治る
ダルクは攻撃した体勢のままだが、その周りに騎士たちが固まっているため、不意を突くことは不可能だった。
「とっさに後方に飛んで、威力を往なしたか。ヒトの手には余る力を有しておいて、技巧を磨くことも忘れない。本当に末恐ろしい人間だ」
「神の使徒の筆頭にお褒め頂けるとは光栄だな」
「減らず口を。己道に【昇華】を使えるようにしないと、早々に死ぬぞ」
言われずとも分かっている。敵が全能力に【進化】の二重掛けができる以上、オレも同じ条件に上り詰めなくては負け確定だ。
三秒と間を置かず、ダルクと騎士たちが再び突っ込んでくる。
「ふぅ」
その光景を眺めながら、心を落ち着けるために一つ深呼吸をした。
オレは己道が苦手だ。まぁ、魔法師が己道を扱えないという前提を覆しているので、そのことに文句はまったくないんだが、不利に働いているのは事実。
とはいえ、焦ってはいけない。苦手な要素ほど焦れば失敗するし、変な癖をつけてしまう。丁寧に学習することが肝要だった。
【昇華】を施した魔法と魄術の状態を想起し、比較。細部を分析し、己道の仕組みに当てはめる。
そのまま加えてもエラーが発生するだけだが、問題ない。すでにオレは、全能力を調和させる術を身につけている。エラー箇所を潰すのは簡単だ。
ダルクの凶刃が目と鼻の先まで迫っているけど、大丈夫。術の完成まで一秒もかからない。
――よし、できた。
オレは己道に【昇華】を施してから、【位相隠し】から両手剣を取り出す。そして、ダルクの振り下ろした剣を受け止めた。
強化は同等。素の出力も同等。お互いの刃は再び拮抗する――はずだった。
……何で?
驚愕は言葉として発せられない。そんな暇はない。今まさに、オレの剣が粉砕されている最中なんだから。
精神魔法や神化によって間延びされた思考時間。それを全力で活用して、現状の把握に努める。
必死に頭を回しすぎて危ない感じの頭痛を覚えたが、状況が状況だけに無視した。どうせ、向上している自然治癒で治る。
お陰で、原因が判明した。
ダルクの奴、【進化】を【進化】させてやがる。それも現在進行形で、【進化】を連続使用していた。
要するに、無限成長である。力が際限なく膨れ上がっているんだから、二重掛け程度では対抗できないのも当然だった。
阿呆か、こいつ。【進化】を【進化】させるという理屈は分かるが、あまりにも脳筋すぎる戦法だ。爽やかな顔して、実際にやることがゴリ押しすぎる。
あと、これは神の使徒だからこそ成立するものだ。オレでさえ、少し厳しい。
何故かって?
【進化】に体が追いつかないからだよ。無限に増えていく力に、いずれ肉体が崩壊する。それが人間という種族の限界だった。
オレは【空間圧縮】を即座に発動し、離脱を試みる。
ところが、
「あがぅ」
後方五十メートル地点への転移に成功したものの、オレの右肩から先は吹き飛ばされていた。
直撃は避けた、確実に。
余波で右腕を斬られたんだ。ダルクの力が強すぎて、オレの防御を軽く貫いたのである。
腕を治療する暇は……ないな。それよりも、あちらの攻撃の方が速い。
それに、ダルクの力が一定量を超えた辺りから、妙なオーラをまとい始めていた。白、黒、銀が入り混じった、モザイクのようにも見えるそれ。
何となく覚えがある。アカツキがたまに使う神力に似ていた。あれよりも純度は高いが、おそらく同種のものだろう。
今のダルクは、間違いなく神の領域に足を踏み入れていた。
――はぁ、嫌になる。
オレは心のうちで嘆息する。
残された時間はコンマ数秒。思考を加速させているとはいえ、相手の動きが徐々に早くなっている以上、無駄なことを考えている余裕はない。
そんな絶望的な状況の中でも、オレは諦めていなかった。もっと弱ければ違ったのかもしれないが、オレの手元には現状を打開するための条件がそろっていたんだ。
ならば、足掻き続けるしかない。
こちらに向かって駆け出したダルクを尻目に、オレは昇華した三つの力を自らの内側にかき集め、混ぜ合わせる。
当然反発するが、焦る必要はない。調和させる術は習得済み。丁寧に織り込み、溶かし合わせていく。
もはや、加速した思考の中でも、姿が霞むほどの速度で動くダルク。彼は目前に立ち、黄金の刃をオレへ突き立てようとした。
しかし、それがオレの体に触れることはない。
「【超越】」
術は完成した。
四つの力を合わせたそれは、すべてを吞み込む。光は周囲を照らし出し、オレを含めたことごとくを塗り潰した。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




