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Chapter26-7 超越(2)

 宙を彩るは藍色。その空間に、いくつもの純白の立方体が浮いている。立方体は最低でも野球場くらいの大きさがあり、オレとダルクはその一つに足をつけていた。


 また、虚空には無数のA4サイズほどの透明な板が浮いており、摩訶不思議な光景を作り出している。


「ここは?」


「神のおわす座の一画。ここでなら、私もお前も遠慮なく力を振るえる」


 滔々(とうとう)と返すダルクに、オレは僅かに頬を引きつらせた。


 神の座と来たか。確かに、周りの強度は相当高いように見える。全力で暴れても弊害はなさそうだ。


 しかし、とんでもない場所に連れて来られたものだ。場所を移すのは賛成だったから、素直に転移を受け入れたけど、この結果は予想外がすぎる。


 これ、勝った後に帰れるのか?


 ダルクに頼るのは違うだろう。あいつはオレに勝つ気でいる。帰りの切符なんて用意していない気がした。


 まぁ、大丈夫か。とっさではあったが、元の世界との縁は繋げられた。それを手繰れば、問題なく帰れると思う。


 帰り道の心配がいらないなら、あとは目の前に集中するだけだな。


 オレは手首を軽く振り、ダルクを見据える。


 すると、彼は忠告をしてきた。


「一つ注意しておこう。周りにある板を直視しないように。あれは世界の情報の一端だ。お前の眼で見れば、頭が爆発するぞ」


「……ご忠告どうも」


 世界の情報ねぇ。さすがは神の座、スケールが違う。


 少しやりにくいけど、戦いに大きな支障は出ないだろう。先程から視界に入っているものの、体調に変化はないし。文字通り、“直視”しなければ大丈夫のようだ。


 それにしても、わざわざ忠告してくるとは意外だった。ダルクにとって、事故でオレを殺すのは不本意なのかもしれない。


 妬ましい相手を、自らの手で叩き潰したい気持ちは理解できる。


 ――戦闘は何の前触れもなく始まった。オレが無数の【銃撃(ショット)】を、ダルクが同数ある五色の球を放つ。


 それぞれの攻撃はお互いの中間地点で衝突し、激しい音と光を生み出す。視覚と聴覚がまともに機能しなくなるほどの衝撃だったが、関係ない。


 こちらには魔眼【白煌鮮魔(びゃっこうせんま)】があり、あちらにも類する何かがあるんだろう。オレたちは迷いなく追撃の魔法を撃った。


 正面を避け、左右から弧を描くように発射した複数の【銃撃(ショット)】を、ダルクは再び同数の魔法球で迎撃する。それを幾度となく、間断なく繰り返す。


 結果、オレとダルクの間には、爆発による一種の壁ができ上っていた。オレたちの攻撃の威力が高すぎたせいで、数秒を置いても壁は消えそうにない。


 これに突っ込めば、さすがのオレでも無傷では済まないだろう。ゆえに、正面突破以外の方法を取る。


 右の魔眼を【皡炎天眼(こうえんてんがん)】に切り替え、【白煌鮮魔(びゃっこうせんま)】と組み合わせて発動する。灰魔法【すべては灰に帰す(アオスブレネン)】を。


 対象は目の前の爆発ではなく、その向こう側にいるダルクだ。オレの魔眼をもってすれば、多少の障害物を透過することなんて容易い。


 事実、魔法はダルクをしかと捉えた。間違いなく【すべては灰に帰す(アオスブレネン)】は発動した。


 しかし、ダルクの反応が消えることはない。万物を問答無用で消し炭にする灰魔法は、何故か弾き飛ばされた。


 そして、


「【神罰の(いかずち)】」


 冷え冷えした声とともに、こちらの頭に雷光が落ちてきた。


 オレは即座に右目を上へ向け、神々しい光を放つ雷を白い炎によって迎撃する。お陰で、間一髪ではあるが、雷の直撃を回避できた。


 白炎と雷が対消滅したタイミングで、正面の爆発もようやく収まる。初撃から遮られた視界が開けた。


 右目から流れる血涙を拭いながら、正面を見据える。


 姿があらわになったダルクは、全身に雷をまとっていた。先程の攻撃と同質の、神々しさを強く感じ取れる光を。


 バチバチと(ほとばし)る雷光は、あれだけの攻撃でも傷つかなかった床――白い立方体を軽く焦がす。かなりの威力であると察しがついた。


 先程は、魔眼で迎え撃って正解だったな。【銃撃(ショット)】等の魔法で対処していた場合、高確率で押し負けていただろう。


 しかし、あれは何だ? 魔法?


 魔眼の精査が上手く通らない。魔法のようで魔法ではない。そんな曖昧な反応だった。


 考えられるのは、ダルクの何らかの特殊な能力の可能性。それによって、魔法を強化しているのかもしれない。


 ……いや、似たような状態に覚えがある。


「【進化】か」


 天翼(てんよく)族を裏で支配していた神の使徒ディナトが、魔法を【進化】させて操っていた。ダルクの雷はそれに近い。


 もしかしなくても、ディナト以上に魔法を【進化】させているな。専門の使徒よりも【進化】の扱いが上手いとか、どんな反則だよ。


 こちらが気づいたことに気づいたんだろう。ダルクは不敵に笑う。


「ご明察通り、これは【進化】させた魔法、その名も【神罰】だ。【神罰】の前には、どのような魔法であっても塵芥に等しい」


「それにしては、さっきは魔眼で防げたけどな」


「そう思うなら、次も防いでみせれば良い」


 大言壮語ではないかと指摘したが、ダルクは変わらず笑顔だった。


 彼は右手を振る。スナップするように軽く。


 その動きに合わせ、雷の奔流がこちらに襲い掛かってきた。どこからともなく発生したそれは、まるで雪崩のよう。オレの視界を埋め尽くす。


 先程と同じように魔眼で対応するか?


 そんな考えが頭を過るが、すぐさま棄却した。


 ダルクの態度が引っかかったんだ。欺瞞(ぎまん)の可能性も否めないけど、ここは念を入れた方が良い。侮って大ダメージを受けてはシャレにならないもの。


 対処方法は回避一択だった。【進化】した魔法である以上、普通の魔法では太刀打ちできないから。


 ――【空間圧縮(コンプレッスアポーツ)】。


 標破者(ブレイカー)劉仙(リウシェン)が使った、敵を引き寄せる技から着想を得た魔法だ。自分のいる空間と目印を打ち込んだ空間を引き寄せ、くっつける(・・・・・)術である。つまり、疑似的な瞬間移動(ワープ)を行えるわけだ。


 無理やり引き寄せる関係で、【位相連結(ゲート)】よりも魔力消費が激しいのは難点だが、展開速度は圧倒的に上。


 それに、この神の座とやらは座標が不確かのようで、【位相連結(ゲート)】がいつもよりも使いにくい。ゆえに、【空間圧縮(コンプレッスアポーツ)】の方が有用だった。


 敵の攻撃範囲から逃れたオレは、ダルクに警戒しつつ、雷へ【皡炎天眼(こうえんてんがん)】の炎を放つ。魔眼がどこまで有効か、確かめておくために。


 結果は無残なものだった。白い炎は一瞬にして消滅してしまい、雷を微塵も削れなかったんだ。


 ダルクの発言を信用して正解だった。嘘だと決め打っていたら、今頃まともに攻撃を受けていただろう。


 内心でホッと安堵したオレは、次なる手を打つ。


「【進化(アップデート)】」


 それはディナト戦で習得した、己の進化を強制的に促す魔法。これによって、オレの魔法もだいぶ強化された。


 ダルクの【神罰】の方が未だ強いが、その差は戦闘の中で埋めていけば良い。分析と対策は、オレの最大の武器なんだから。


 気合を入れるとともに、瞳に魔力を込める。すると、【白煌鮮魔(びゃっこうせんま)】をいっそう輝いた。


「【十三の羽(セラフィム・エッジ)】」


 発動するは、白い羽を模した十三の刃。通常よりも目映い光を放つそれは、目にも留まらぬ速さでダルクへと迫る。


 しかし、こちらの攻撃は届かない。


「【神罰の雷剣】」


 彼の体にまとわりついていた雷が収束し、十三の剣を形成したんだ。それらによって、見事に迎撃されてしまう。


 それだけではない。十三の雷剣は返す刀でこちらに向かってきた。文字通り光速で。


「チッ」


 オレは舌を鳴らし、回避行動を取った。


 魔眼に力を注いでいるお陰で、攻撃の軌道は予知レベルで推測できている。避けること自体は何の問題もなかった。


 ただ、反撃に移る余裕はない。


 何せ、相手の攻撃は元々雷なんだ。その切っ先を避けた途端に剣たちは形を崩し、背後から雷撃として襲い掛かってきた。


「【空間圧縮(コンプレッスアポーツ)】!」


 再び瞬間移動の魔法を使い、雷撃の範囲から脱出する。


 今度の移動先はダルクの背後。その勢いのまま、オレは魔力で両手剣を作り、彼に斬りかかった。


 当然、あちらも対処してくる。こちらと同じように剣を生成し、鍔迫り合いの状態へともつれ込んだ。


 甲高い音が響き、その後にジリジリと耳に痛い音が続く。魔力の刃と刃がこすれ合い、周囲に激しい余波を放った。


 進化の度合はダルクの方が上のため、こちらの剣は徐々に削れていく。余波でケガをするのもオレだ。肌の表面が軽く切れる程度の傷だが、ダメージが通っているのは確か。


 刃は大丈夫。魔力量に物を言わせて、どんどん修復すれば良い。


 ケガも同様。神化状態のオレは治癒能力も向上しているので、ケガをした端から治っていく。


 膠着する鍔迫り合い。


 であれば、決着は他の要素でつけなくてはいけなかった。


 お互いの足が激突する。周囲で発動した魔法同士が衝突する。お互いの魔力が押し合いを繰り広げる。


 鍔迫り合いをするオレたち二人は微動だにしていないにもかかわらず、その周りは激しい轟音と光に塗れていた。


 そんな最中、ダルクが苦々しげに言う。


「慣れてきたか」


「お陰さまで」


 オレは笑う。


 何に慣れてきたのかといえば、ダルクの【神罰】に、である。最初はまったく抵抗できなかったそれに、今はきっちり魔法で対応できていた。


 分析が進んだのもそうだが、『どう攻撃を当てれば上手く逸らせるか』が分かってきたんだ。真正面から受け止めるだけが防御ではない。


 すると、ダルクは溢す。


「では、趣向を変えよう」


 次の瞬間、オレは水に包まれた。


 疑問を覚える暇はない。間髪を容れず、ものすごい圧力が全身を襲ったんだ。


 このままではマズイと判断したオレは【空間圧縮(コンプレッスアポーツ)】を発動。その場から大きく離れる。


「ゲホゲホッ」


 大きく咳き込みながら、ダルクを見据える。


 今の彼は雷をまとっていなかった。その代わり、彼の背後には溶岩、水、雷、嵐、闇、石の輪が浮かんでいる。


 ダルクは淡々と告げる。


「【神罰】が一つとは限らない」


「なるほどね」


 納得の答えだ。噴火や水害も神罰に(たと)えられることが多い。雷だけに警戒しすぎたな。


 あの輪一つ一つが、高密度の魔力を有している。単体でも大陸一つを蹂躙できそうだ。


 神の使徒筆頭の看板に偽りはないらしい。彼の魔法技術はオレやアカツキに匹敵しており、その上で【進化】を施している。さすがのオレでも、強引に押し込むのは難しかった。


 しかし、負ける気はまったくない。


 魔法の実力は想定内。アカツキが去った後も磨き続けたんだろう力は、こちらの想像を上回ることはなかった。


 唯一、【進化】を使ってくるのは予想外だったが、“予想外が起こること自体”は予想していた。だから大丈夫。


「【昇華(エクステンション)】」


 詠唱とともに、体内の魔力が変質したのを感じる。あまりの力強さに抑え切れず、僅かに漏れ出てしまう。雪のように白い魔力が、視界の端を舞った。


 制御し切れないとは、まだまだ修行不足だ。そう自重しながら、こぶしを構え直すオレ。


 こちらを認めたダルクは、フンと鼻を鳴らす。


「私の【進化】の分析を終えたのか」


 オレは頷く。


「その通り」


 分析して判明したことだが、ダルクは【進化】に【進化】を使っていたんだ。二重掛けすることで、上昇量を上乗せしていたのである。


 どうりで、ディナトよりも強い魔法を使えたわけだよ。


 まぁ、そんな無茶が通せるのは、ダルクの卓越した技量があってこそだが。オレも、これまでの経験がなければ難しかった。これ、下手に扱いを誤ると爆死する。


「ここからは互角の戦いだ」


「だと良いが」


 オレが声を発すると、ダルクも両腕を広げて戦闘態勢を取る。


 魔力が拮抗した今、ようやく本番が始まる。

 

次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。

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