Chapter26-6 技巧(5)
戦闘が始まって約一時間後。アステルを含めた敵全員の捕縛と尋問が終了した。
アタシたちの目的はあくまで皇帝の暗殺だったので、尋問自体は手早く終わらせるつもりだった。一応実行するけど、長引きそうなら、さっさと手を引く。そういう心持ちだった。
しかし、アステルは皇帝ほど痛みに強くなかった。五分と置かず、ペラペラと情報を喋ってくれたんだ。
あまりにアッサリしすぎていて、シオンの腕が良いのか、アステルが情けないのか、判断に迷うところだ。
彼が語ったのは、この施設の詳細。
限界突破者を育てるだけではなく、クローンというコピー人間を生み出す施設だった。あの魔獣複製機の応用だとか。部屋中にある水槽はサンプルの収集機械であり、その中に『原型』を投入することで、何度もクローンを生み出せる仕組みらしい。
これらは、転移者クラスケ・キモンジが知識を元に、第二皇子マックスが開発したとのこと。どちらも亡くなっているため、新たな設備は作れないようだけど。
なるほど。シオンが言っていた『魔力に依らない技術』って、このことだったのか。納得した。
あと、戦闘中に水槽が壊れなくて本当に良かった。危うく、罪なき子どもたちを殺してしまうところだったよ。先程の状況的に、仮に知っていたとしても優先できなかったと思うけど、無用な殺生をせずに済んで安心した。
そして、ここで繋がってくるのが量産型皇帝の真実。
何と、あの皇帝は自分のクローンを大量生産していたんだ。かの男は自ら進んで件の水槽に沈み、今もなお自由を失っている状態だという。
おそらく、自身の命が狙われることを読んでいたんだろう。だからこそ、死なないようにクローンを生産した。
理屈は単純だけど、普通の人間の感性で実行できることじゃない。
だって、アタシから窺える水槽の子どもたちは生きているだけ。自由も幸せも、あの中にはない。それは、きっと皇帝も同じだろう。
皇帝としての意地なのか、追い詰められた末の凶行なのか。その辺りの判断はしかねるけど、あの男がふんぞり返るだけの愚者じゃなかったのは確かだ。
正直、少し見直した。せいぜい、ゴミが虫になった程度の格上げだけどね。
「で、あなたは、何でここにいるの?」
シオンによってボコボコにされたアステルへ、アタシは次なる問いを投げかける。
十中八九、アステルは『原型』だろう。皇帝のように、クローンの媒体となっている可能性は低いように思う。
ただの勘にすぎないけど、この男からは覚悟を感じないんだ。皇族としての誇りや業はあるみたいだけど、そこに深みがない。そんな人物が、自らの自由を制限できるとは思えなかった。
ゆえに、先程の疑問が浮上する。どうして、こんな最前線同然の場所に足を運んだのか。それが不思議でならなかった。皇帝と第一皇子が共倒れしたら、それこそ帝国の破滅だろう。
いくら成功例だという限界突破者たちに自信があったとしても、リスクが大きすぎる。
――いや、
「そっか。時間稼ぎと囮か」
ここに来て、ようやくアステルの目的を理解した。
この男は、皇帝を逃がすまでの囮だったんだ。ここで足止めしている間に、最深部にいたんだろう皇帝を別の場所へ移動させたんだと思う。転移魔法を扱える限界突破者くらい他にもいるだろうし、既存のクローン施設がここだけとは限らない。
未だ、最奥からは皇帝の気配を感じられるけど、クローンの存在を加味すると、偽物の可能性が高い。
前言撤回。アステルは最低限の覚悟を持っていたらしい。
アタシが察したことに気づいた模様。アステルは傷だらけの顔で嘲笑う。
「ハッ、今さら気づいたか。皇帝陛下さえ無事ならば帝国は不滅だ! 我らの血が絶えることはないッ」
確かに、今から皇帝を捜索するのは、アタシたち二人には無理だ。
やってやれないことはないが、最低一人の限界突破者が付いていることを考えるとイタチごっこになる。
まぁ、ゼクスなら簡単にこなしそうだけど、その手段はあまり取りたくない。『難しいから』なんて情けない理由で、こっちの仕事を押しつけるのは妻失格だろう。
「追えそう?」
アタシは、シオンに短い言葉で確認を取る。
それに対して、彼女は首を横に振った。
「物理的に逃亡したのなら僅かに希望はありますが、転移魔法を使われていた場合はお手上げですね」
「そう」
予想通りの回答だ。シオンに無理なら、アタシにも無理。追跡は諦める他ない。
とはいえ、それが皇帝の暗殺を諦める理由にはならないけど。
「進もう。第一皇子は頼める?」
「承りました」
アタシが先行し、シオンがアステルを引きずりながら続く。
……結構、容赦ないな、シオンって。
悪いけど、気絶している子どもたちは置いていく。今、五人も抱える余裕はないから。
歩き出すアタシたちを、アステルはバカにしたように笑う。
「無意味な行動をッ。すでに陛下はいらっしゃらないと言ったではないか――痛っ」
舌を噛んだらしい。悶絶の声を漏らすアステル。
引きずられているのに、余計なことを喋るからだ。自業自得である。
程なくして、アタシたちは最奥の部屋に辿り着いた。床面積だけじゃなく、天井も高い大きな部屋。にもかかわらず、置かれているのは中央の巨大な水槽一つだけ。
「これが気配の正体か」
アタシは得心する。
水槽の中には、心臓が浮いていた。ドクドクと脈打つそれから、皇帝の気配を感じ取れる。
シオンも納得したように頷く。
「確かに、心臓なら生命の代替になり得ますね。心臓だけで生命活動を維持できる設備があればこその無茶ですが」
「気配はこの心臓だけ。他には何も感じない」
「私も見つけられませんね」
アタシとシオンは周囲を見渡し、各々溜息を吐いた。
アステルが言っていた通り、『原型』の皇帝は、別の場所に移動した後らしい。
嘘の可能性は低かったものの、現実を目の当たりにすると、些か落胆する。
「だから言っただろう、ここに陛下はいないと。無駄骨だったな!」
意気揚々と語るアステル。体はボロボロにもかかわらず、とても元気だった。
どこから、その気力が湧いているんだろうか。精神的な余裕のお陰なのかな?
調子に乗っている彼に半ば呆れつつ、アタシは剣を抜く。
それを見て、アステルは自分がこの場で殺されると勘違いしたらしい。騒がしかった口を閉ざし、覚悟を決めた表情を浮かべる。
しかし、アタシが今から斬るのは別のものだ。
「あなたは後」
短く告げてから、水槽に浮かぶ心臓を見据える。意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませ、そこにある縁を追う。
途中、アステルが騒ぐこともあったけど、そこはシオンが絞めてくれたので問題ない。
――見つけた。
十分ほどかけて、アタシの選定は終わった。
抜き身の刃をゆっくり横一文字に振り抜き、そこにあるはずのない肉を斬り落とす。バチュッと生々しい幻聴が響き、すぐに室内は静まり返った。
しばらく残心した後、アタシは剣を鞘に戻した。それから、シオンの方に視線を向ける。
「終わった。帰ろう」
「お疲れさまでした」
説明していなかったけど、シオンは何が起こったのか大方の予想ができていたらしい。特に疑問を呈することなく、頷いてくれた。
ただ、理解が及ばない者も、この場にはいる。
「お、お前は何をしたんだ? 今の音は何だったんだ?」
アステルである。彼は先程の幻聴に嫌な予感を覚えたようで、酷く動揺している。すぐにシオンが黙らせたけど。
わざわざ答える義理はない。それよりも、ここから早く脱出する方が先決だ。
アタシとシオンは頷き合い、踵を返す。来た道を戻ろうと足を動かす。
ところが、その動きは、途中で止めざるを得なかった。
「過去を辿り、皇帝の首を斬ったのか。発動時間がかかりすぎとはいえ、ヒトの身で一時間前後の過去を手繰り寄せるとは、さすがだ」
「「ッ!?」」
唐突に響いた男の声。
アタシとシオンは驚きとともに振り返ると、水槽の前に一人の男が立っていた。黒髪黒目の美男子が。
アタシたちに悟られることなく現れた?
とても信じ難い所業だが、現実は受け入れるしかない。目の前の男は、確かに存在するんだから。
驚愕を理性で捻じ伏せる。そして、男の一挙手一投足をつぶさに観察した。
一見、無防備に立っている彼だが、攻め込むなんて考えは浮かばない。先程の限界突破者たちなんて目じゃない力が、男から感じられた。
こんな隔絶した強さを持つ者、一人しか考えられない。
「神の使徒……」
「正解だ。私は神の使徒ダルク。この国では、“宮廷魔法師団外部顧問長のジャン”で通っているがね」
こっちの予想は正しかったらしい。男はにっこりと頬笑んだ。
その笑みに含まれた感情を、アタシは見通すことができない。敵対者のはずなのに、そこには怒りも憎しみも敵意も殺意も、何一つ込められていないから。
たたずんでいるだけ。それだけのことなのに、とても恐ろしく感じられる。
シオンも同様の感想を抱いているんだろう。彼女の緊張がこっちにも伝わってきていた。
――嗚呼、これこそ神の使徒だ。
アタシは思い出す。かつて出会ったラディウスという神の使徒を。
振る舞いこそ全然違うけど、アタシたちを見る瞳は瓜二つだった。
彼らは、アタシたち人類を路傍の石程度にしか見ていない。敵どころか、足をつまずかせる存在とも認識していない。あってもなくても変わらない、意識しなければ目にも入らない何かだろう。
見下す以前の話だ。無関心というのが適切か。
そんな超常の者が、アタシたちに用があって現れたとは思えない。かの者が興味を抱く相手なんて、この世界に一人しかいないだろう。
アタシは乾く喉を無理やり動かし、言葉を紡ぐ。
「ゼクスが来るまでの暇潰し?」
「その通りだ。我々の領域に踏み込もうとしている“英雄の華”よ。奴はここに来る。だから、こうして待っているのだ」
「……あなたの目的を訊いても?」
「奴を殺す。それが私の目的だ」
「ッ」
シオンが息を呑んだのが分かる。もしかしたら、アタシも同じ反応をしていたかもしれない。
アタシたちは確信したんだ。この神の使徒こそ、ゼクスが死ぬという予言の鍵だと。彼を殺す黒髪の男とは、こいつを指しているんだと。
自然と肩に力が入る。
嫌な予感がする。ゼクスが負けるとは思っていないけど、こいつと彼を会わせるのはマズイ気がした。
勝てないのは承知している。それでも、少しでも神の使徒の力を削げるのなら――
「落ち着け、ニナ」
手が剣に向かおうとした瞬間、アタシの肩が掴まれた。
見れば、隣にはゼクスが立っていた。
【位相連結】を使ったんだろうけど、体に触れられるまで接近に気づかなかった。
自覚していた以上に、アタシは動揺していたらしい。たぶん、シオンも同じだと思う。彼女も、ゼクスの登場に驚いているし。
アタシたちが我に返ったのを察したのか、ゼクスは言葉を続ける。
「オレは大丈夫。信じてくれ」
「……分かった」
「……ご武運を」
ゼクスはずるい。そんなセリフを、そんな真っすぐな目で言われたら、食い下がれるわけがない。
彼は、アタシたちよりも一歩前に出る。そして、神の使徒と相対する。
「はじめまして、神の使徒ダルク」
「はじめまして、特異点ゼクス」
今まさに、超常の戦いが始まろうとしていた。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




