Chapter26-5 きょうだいの真贋(1)
私の現世の名前は織水友里恵。つい先日、十七歳になったばかりの女子高生だ。クォーターなので長い髪は銀色、ぱっちりお目々は青色という特徴を持っている。
あと、自分で言うのも何だが、かなりの美少女だ。スタイルも良い。Gもあるんだよッ。前世は体が弱かったせいか、あまり大きくなかったのに。大出世だよ!
――ゴホンッ!
今話したように、私には前世の記憶がある。病弱で、オタクで、お兄ちゃんが大好きだった頃の記憶が。
そのお陰で、今世は基本的にイージーモードだった。
ベッドの住人だったとはいえ、前世の積み重ねは偉大だったんだよ。幼い頃に覚えることをスキップして、いきなり応用を取り組めるわけだし。
環境も良かった。何せ、社長令嬢だもん。必要なものなら、何でも用意してくれた。
両親や祖父母も優しいヒトたちだった。まぁ、そこは前世も同じだけど、愛情の注がれ方は前世以上だったかもしれない。
友人にも恵まれた。特に、実湖都。幼稚園の頃に出会った彼女とは無二の親友だ。性分が合っているというのかな? 一緒にすごしていて楽なんだよ。
そして何より、今世は健康体であることが一番の恩恵だろう。病弱だった前世と違って、多少無茶しても寝込まないし、通院する必要もないし、たくさん食べものが食べられた。
世界ってこんなに輝いていたんだって、今世でようやく実感できた気がする。
ただ、不満点がないわけでもない。贅沢なことを言っているのは分かるんだけど、どうしても我慢ならないことがあった。
それは、お兄ちゃんがいないこと。
私の前世のお兄ちゃん。仕事で忙しかった両親に代わって、私と一緒にすごしてくれたお兄ちゃん。迷惑をかけることが多かったはずなのに、優しく温かく私を支えてくれた最愛のヒト。
どうせなら、お兄ちゃんも一緒に転生してくれれば良かったのに。そう考えたことは、一度や二度では済まない。
でも、その度に考え直すんだ。お兄ちゃんも転生したってことは、お兄ちゃんも死んじゃったってこと。それはあまりにも辛すぎるって。
お兄ちゃんには幸せに暮らしてほしかったんだ。散々迷惑をかけた私が言うなって話だけどさ。
だから我慢した。誰に向けてかは分からないけど、お兄ちゃんがいなくても私は大丈夫だと証明するため、精いっぱい今世を楽しんだ。
――結果、イマジナリーお兄ちゃんが生まれた。
過程を飛ばしすぎ?
だって仕方ないじゃん。それ以上に説明することなんてないし。我慢しすぎたせいで、お兄ちゃんの幻覚を見るようになった。それだけの話だよ。だいたい、小学生に上がる前くらいだったかな?
六年も我慢できていないって?
うるさいなぁ。私にとって、それくらいお兄ちゃんが大切だったの! むしろ、五年以上も我慢できただけ快挙だよ、快挙。
そんなこんなで面白おかしく暮らしてきた私だけど、中学最後の冬に、一つの転機を迎えた。
夢でお兄ちゃんと出会ったんだ。
頭がおかしくなったわけじゃないよ。本当に出会えたんだ。あれは夢だけど、確かに本物だったと今でも断言できる。
その夢で、お兄ちゃんも転生していたことを知った。しかも、私がハマっていたゲームの世界だっていうんだから驚いたよ。転生先は全然覚えてないモブキャラだったけどね。
お兄ちゃんが死んでいたことにはショックを受けたものの、生まれ変わってからのお兄ちゃんは幸せそうで安心した。
話を聞いているだけで、こっちもドキドキワクワクしてきたんだもん。当事者のお兄ちゃんは、もっと楽しい日々だったに違いない。
もちろん、苦労もあったんだけど、それ以上に、お兄ちゃんが充足しているのを感じられた。
嗚呼、お兄ちゃんはもう大丈夫なんだ。
そう思ったら、何か嬉しくなっちゃった。
私とは別の妹がいるというのは少し嫉妬しちゃったけど、お兄ちゃんが幸せを得ていることが、何よりも嬉しかった。
生まれた世界が違うのは、どうしようもない。だから、お兄ちゃんに抱いていた気持ちには、そっとフタを乗せる。
その代わり、もう一人の妹のことは忘れないでね?
私はそう告げて、お兄ちゃんとお別れした。
とてもとても……とても悲しかったけど、こればかりは仕方ない。
お兄ちゃんが幸せを見つけたように、私も幸せを見つけようと思った――のだけど。
高校一年の夏、私にもう一つの転機が訪れる。
異世界に召喚されたんだ。正確には異世界漂流?
とにかく、私は異世界に流れ着いた。何の因果か、お兄ちゃんがいるだろう世界に、だ。
私は歓喜した。お兄ちゃんと再び会えるかもしれないって。
なら、やることは一つ。突撃だ。私は、私の愛のために突き進みたいッ。
お兄ちゃんは『前世と今世は違う』とか言って躊躇うだろうけど、問題はない。私が惚れたのはお兄ちゃんの中身。外見なんて二の次だもん。
そも、お互いに生まれ変わっているんだから、前世やら今世やら考えるだけ無駄だと思う。運命的な出会いを果たして惚れた。それで済む話だ。
というか、前世よりハードルは下がった。もはや血を分けた兄妹じゃないんだから、何の障害もない。すでに悪役令嬢と相思相愛だろうことも大きい。
私は確信したね。世界は、私の恋路を応援しているに違いないと! どこか遠くで、私を応援するコメントがたくさん投稿されている気もする。
だから迷わない。私は前進するのみだ。
無論、一緒に転移してきちゃった実湖都たちのことも、どうにかしたいと考えている。
でも、そっちはお兄ちゃんが何とかするだろうと予想していた。だって、あのお兄ちゃんだし。夢で聞いた話も合わせれば、ほぼ確実に解決策を打ち出すと思う。
というわけで、私はお兄ちゃんとの再会を目指して行動を開始した。
――したのだが、
「何で、私が最後なんだよぉぉぉぉ」
帝国内にある某町の酒場にて、私は頭を抱えて慟哭した。
何故かって?
つい今しがた、旅の相棒であるトゥルエノに『シシオウたちが聖王国側に捕まった』って情報を聞いたからだよ、チクショー!
誰よりも早くお兄ちゃんと会うため行動していたはずなのに、どういうわけか転移者の中で最後になってしまった。これを悔しがらずして、何を悔しがると言うんだッ。
あまりの悔しさから、額を木製のテーブルにガンガン叩きつけていると、トゥルエノに肩を抑えられてしまう。
「お、落ち着きなって。気持ちは分かるけどさ」
「分かるわけないでしょぉぉぉ」
中途半端な同情は止めてほしい。私のお兄ちゃん愛を他人が理解できるはずがないんだからッ。
「めんどくさ……」
「だろうね!」
「自覚あるの、余計に質が悪いよ」
「仕方ないじゃん。感情の問題なんだから!」
私は両手で顔を覆い、さめざめと泣く。周りの視線が集まっているのを感じるけど、構っている余裕はなかった。
「こんなことなら、城に残ってれば良かった」
「かもしれないけど、結果論でしょう? あの状況で、まさか転移者が全員無事で済むとか思わないし」
それはそう。私も、クラスメイトたちの何人かは戦死すると踏んでいた。その上で見捨てたんだ。
薄情だと思うだろうけど、私も自分の身を守るので精いっぱいだったんだよ。国を相手に自由に立ち回るなんて、よほどの力がないと無理ゲーだもん。
予想外の結果が叩き出た原因はフォラナーダだ。かの勢力が色々と暗躍したせいで、番狂わせが起こったらしい。
さすがはお兄ちゃんの領地と感心するのと同時に、恨めしくも感じてしまう。お兄ちゃん、頑張りすぎだよ、と。
もちろん、クラスメイトたちが無事に越したことはないんだけど、現状を考えると複雑な気分だった。
ひとしきり泣いた私は、ふぅと一息ついて、気持ちを落ち着かせる。なりふり構わず喚いた甲斐あって、少しスッキリした。
「で、私たちは、これからどうすればいいの?」
「情緒の乱高下が激しすぎる……」
トゥルエノは、私の態度に呆れながらも答えた。
「今は聖王国の進軍が停滞してるみたいだから、近いうちにチャンスが訪れるかもしれない」
「本当!?」
「たぶん。どうにも、聖王国軍は帝王国軍の秘密兵器を警戒してるらしく、注意もそっちに向いてるっぽい」
「その隙を突くってことか……」
「そうなるね。さすがに、前進できても元国境線までだけど」
「何で?」
「元国境線には、ずっと師匠が構えてるらしいんだよ。彼女の目を掻い潜るのは無理。私やグロムの気配を覚えられちゃってるから」
「それってマズくない?」
簡単に発見されるってことでは?
私が不安を感じていると、トゥルエノは肩を竦めた。
「たぶん大丈夫。情報屋の話だと、師匠は今、フォラナーダの傘下に入ってるみたいだから。彼女に見つかったら、自動的にフォラナーダ行きだよ」
「良かった」
彼女の言葉に、私はホッと胸を撫で下ろした。
元々、私たちがコソコソしているのは、フォラナーダ以外の勢力に捕まるのを恐れているためだ。
いくら聖王国軍の統制が取れていようと、中には乱暴者も混じっている。捕まる相手が悪かった場合、非道な目に遭う可能性があるんだよね。私たち、美人だし。
ゆえに、一番安心できるフォラナーダと直接接触できるよう、タイミングを見計らっていたんだ。
そのせいで、かなーり出遅れてしまったわけだけど……いけない、これ以上は考えないようにしよう。
トゥルエノは指を立てる。
「というわけで、今日中に荷物をまとめて出発するよ。野営しながら隙を探すから。十中八九、数日中には突破できると思う」
「分かった。すぐに準備する」
私は即座に行動を開始した。
迅速すぎる行動にトゥルエノを驚かせてしまったかもしれないけど、それくらい待望の瞬間だったんだ。
あと少しでお兄ちゃんに会える。
私の心はとても浮ついていた。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




