Chapter26-4 進展(8)
「どう思う?」
正直、アタシは魔法について詳しくない。もちろん、ゼクスに習ったんだから、平均以上の知識は蓄えているけど、専門的な分野に疎いのも事実。
ゆえに、より詳しいシオンに尋ねた。彼女なら、アタシとは違う見解があるはずだ。
シオンはアゴに右手を添え、小さく唸る。それから程なくして、ゆっくりと語り始めた。
「おそらく、この施設は魔法技術に依存していません。あの水槽は、規模に反して僅かな魔力しか有しておりませんから」
「魔力に依らない技術って、己道や魄術ってこと?」
「いえ、この場合は――」
彼女の言葉が、最後まで形になることはなかった。何故なら、強大な魔力反応の接近を感知できたから。
アタシたちが戦闘態勢を取るのと同時に、それはやって来た。
稲光をバチバチと迸らせた、直径二メートル近い光球だ。それが最奥から飛来すると、アタシたちの前方三十メートル地点で急停止。ゆっくりと地面に降り立つ。
地面に着地した途端、光球は弾け飛んだ。そして、中身があらわになる。
現れたのは二人。
一人は二十歳ほどの男だ。黒髪と黒緋色の瞳を有する、爽やかな雰囲気の男。まぁ、ゼクスには及ばないけど。
立ち姿を見るに、剣術は修めているけど、それなり止まり。魔力量的に、魔法方面に特別優れている感じでもない。
しかし、アタシとシオンは警戒を強めた。それは、彼とともに現れたもう一人が原因だった。
身長が百センチメール程度でガリガリの女の子。肉体面はあまりに脆弱な一方、内包する魔力量が異常だった。アタシどころかシオン――いや、下手したらミネルヴァよりも上かもしれない。
間違いなく、限界突破者だ。しかも、その実力は今まで出会った限界突破者を遥かに上回っている。たぶん、天翼族の座天使よりも強いだろう。
人形の如き無表情の少女。ただ、操られている気配はない。純粋に、感情という波が立っていないだけのように感じた。
拷問染みた訓練内容を見た後だと、それも当然だと思えてしまう。あれほどの……あれ以上の苦行を乗り越えたのなら、感情が死んでしまっても不思議ではない。
そんな無茶を強いた連中に従っているのは解せないが、その辺りも何かカラクリがあるんだろう。
「アステル・ロート・フォール・アンプラード第一皇子とお見受けしますが、間違いないですね?」
緊張感を湛える中、アタシは男の方へ尋ねた。
意外にも、男は素直に頷く。
「如何にも。私はアステル・ロート・フォール・アンプラードだ。自ら名乗らない無礼は、キミともう一人の麗しさに免じて許そう。フォラナーダの奥方」
キザったらしい仕草で返答するアステル第一皇子。最後にはウィンクを添える始末。
正直、気持ち悪いが……現実逃避している場合ではない。何せ、誰よりも優先して守られるべき皇族が、敵であるアタシたちの前に現れたんだ。かなりマズイ状況だと考えざるを得なかった。
十中八九、侍らせている少女が理由だろう。彼女ほどの強者がいるなら、どこにいても安全だと判断しても不思議ではないもの。
事実、現在進行形で少女が展開している結界は、一目で相当の硬さがあると感じ取れた。おそらく、最上級魔法でも突破は難しいだろう。
「ずいぶんとお強い配下をお持ちのようで」
「かのフォラナーダから賛辞をもらえるとは光栄だな。我々の研究努力も報われるというものだ」
こっちの皮肉交じりのセリフを溢すが、アステルは動じない。むしろ、胸を張る図太さを見せた。
その態度で分かる。彼は、自分の足下に積み重ねられた屍に対して、何も感じていない。自分が上に立つことや他者が血を流すことに、何の疑問も抱いていないんだ。
典型的な王侯貴族の考え方といったらそれまでだけど、個人的には好かない。大を生かすために小を切り捨てる必要性は理解しているが、それを『当然のもの』と受け入れてしまうのは違う気がする。
たしか、アステルは皇太子に選ばれていたはず。戦後のことを考えるなら、彼も始末しておいた方が楽だろう。
決断したのなら、あとは行動あるのみ。
『シオン』
『大丈夫です』
魔電による【念話】は、接触していれば使える。それによってシオンに一応の確認を取ったアタシは、淡々とアステルへ告げた。
「早々に申しわけないですが、最後通牒です。投降してくださるのなら、この場で斬り捨てることはいたしません」
「本来であれば、そのような愚問に返す言葉などないが、お互いの立場を考慮すると必要な手順か。良いだろう、答えてやる」
最初こそアステルは鼻で笑ったものの、その後は真剣な面持ちに戻った。それから、ハッキリと口にした。
「私は誰の下にも下らない。誇り高き皇族の一員として、我が血に流れる本能に従って、最後まで戦い抜く」
分かり切っていたセリフ。しかし、しっかりと聞き届ける必要があった免罪符。
それ以上は何もいらなかった。ただちに、アタシは腰に下げていた剣を抜き放つ。結界を破るのに必要な力を十分込めて。
ところが――
「なに?」
アタシの居合で放った飛ぶ斬撃は、防がれてしまった。アタシとアステルたちの間に現れた新手によって。
こちらの攻撃を防いだのは、黒装束に身を包んだ少年だった。
「おっと、危ない。護衛をつけておいて正解だった」
「……」
おどけるアステルと、無言を貫く護衛の少年。
少年は隠密方面に特化しているらしい。その佇まいは、あちらの少女と違って冷たく鋭かった。
何より恐ろしいのは、アタシやシオンの感知に引っかからなかったこと。さすがに攻撃行動を取られたら――殺気を向けられたら気づけただろうけど、その技術力の高さは厄介だった。
「シオン」
「はい」
相手の考察は程々に、アタシはシオンを傍に呼んだ。彼女を抱え、抜き身の剣を百八十度振り回す。
高度な隠密が可能な敵が、一人とは限らない。否。アステルの余裕から察するに、確実にもっといる。
ゆえに、この空間すべてを斬り裂く。
振り回した剣の軌道上に斬撃が発生し、空間を埋め尽くしていく。伸びていく斬撃は次第に分裂し、直線上のみならず、上下の空間をも侵食していった。
最終的に、斬撃は三百六十度を蹂躙する。地面を、天井を、壁を埋め尽くす水槽を。数多のものを裂いていく。
まぁ、牽制程度の威力しか込めていないので、アステルたちにダメージは与えられない。
水槽もほとんど傷つかなかったのは予想外だけど、結果オーライだ。アタシとしても、中に囚われている子どもは傷つけたくなかったし。
斬撃が収まった後、部屋の中には今までになかった人影が現れていた。総数は三人、護衛の少年少女と同等の強さを持つ子どもがいた。
「計五人、か」
アステルは戦力外としても、過半数がアタシたちよりも強い連中。
総戦力と人数のどっちも負けている状況で戦わなければいけないのは、なかなか骨の折れる展開だった。
「アタシが三人を担当する」
「宜しいのですか?」
こっちの提案に、シオンは困惑気味に返す。
アタシは無言で頷いた。負担が増えるのは確かだけど、戦力的に合理的な判断だろう。
それに、こういった状況は想定していたことだ。悪い予想が当たってしまった、それだけの話。
だから問題ない。アタシたちはこの局面を乗り越えられる。
「姿が露見してしまったのは想定外だが、問題あるまい。これらは『原型』の成功例だ。量産型などよりもずっと強い。はたして、フォラナーダのキミたちは生き残れるかな?」
アステルは嗤う。自らの勝利を確信して。
同時に、限界突破者たちが身構えた。
劣勢と思しき戦いが、今幕を開ける。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




