Chapter3-3 信頼(3)
そして、最後の一分。これは、どうしようもなかった。何で公爵家のパーティーに招待されているのか不思議でならない奴らだった。
というのも、
「俺さまは、こんな婚約認めないぞ! 認めないったら認めないぞッ!」
「その通りです。ミネルヴァさまの婚約者はカーヴァさまが相応しい」
「しかり!」
こんな感じで喚き散らす、阿呆な貴族令息たちだったためだ。呆れて物も言えない。何なんだ、この情けない連中は。
しかも、こういう奴らに限って地位は高いらしく、周りが止めに入る様子はない。唯一できそうな公爵も、タイミング悪く席を外していた。たぶん、狙って押しかけてきたな。
とりあえず、この阿呆な連中を落ち着かせようと口を開くが、
「もし――」
「黙れ! 色なしなどの声を聞いてみろッ。耳が腐り落ちてしまうわ」
「一言も喋るんじゃないぞ!」
「しかり!」
いや、あり得ねーよ。なんだ、その妄言は。色なしの悪口はそれなりに耳にしてきたけど、初めて聞いたぞ。
オレが一言告げようとしただけで、ギャーギャーとうるさく喚く。周囲が鬱陶しがっているのが目に入らないのかね?
仕方ない、手段を変えるか。
「彼らは?」
「爵位こそ伯爵だけど、うちの分家。私の従兄に当たるわ。認めたくないけど」
相手の身分を明らかにするために小声で問うと、ミネルヴァはウンザリした様子で返してきた。
その態度で察する。こいつら、常にこんな感じなのか。いつもツンツンした彼女がしおれるなんて、相当厄介者らしい。
「会う度にコレなのよ。『お前に相応しいのは俺さましかいない!』ってね。魔法適性こそ四種と優秀だけど、個人的にもお家的にもアレの相手はあり得ないわ」
見た限り、カーヴァと呼ばれていた少年は、光と水以外の四属性を有しているよう。黒髪のミネルヴァには一歩劣るが、確かに優秀な部類だ。さぞ、周囲より持てはやされたんだろう。その結果がこの性格では、救いようがないけども。
「彼らのご両親は止めないんですか?」
本家のご令嬢に押し寄せる愚行、普通は止めに入るところ。だが、現時点で誰も制止しないので、答えは決まり切っていた。
「分家の当主――父の兄は野心家でね。公爵家を継げなかったことを、未だに根に持ってるらしいの」
「つまり、息子を使ってお家乗っ取りを企んでると。公爵さまは何と?」
「放置でいいって。まるで興味を抱いていらっしゃらないわ」
「それはまた……」
魔法狂の異名は伊達ではないか。魔法適性の少ない分家当主なんて、端から敵ではないという認識なんだろう。実際、野心家と評される輩が息子を使った手段しか講じられていない辺り、その他の手は完封されているんだと思う。
改めて実感する。ここまで徹底した魔法狂に目をつけられたオレは、真の目的がカロンとはいえ、かなりの珍妙な存在なんだと。覚悟は決めていたつもりだったが、立ち回りは気をつけないといけないな。
「おい、お前たち。何をコソコソ話してるんだ!」
「カーヴァさまの前で密通とは、不届きな奴め!」
「しかり!」
密通て。そういう方ではない意味なんだろうけど、もっとマシな言い方はなかったのか。ほら、オマセさんなミネルヴァ嬢が顔を真っ赤にしていらっしゃる。
「もういいわ。私が引導を渡してあげるッ」
羞恥で茹だったミネルヴァは、危ない魔力の波動を放ちながら立ち上がる。
これはマズイ、力ずくで排除する気だ。
彼女なら威力を上手く抑えるんだろうけど、他の貴族が集まるパーティー会場で魔法なんて放ったら、大問題へ発展する。九令式に招待するほどの密接な関係とはいえど、『我が家の者が危険にさらされた』と、ここぞとばかりに足元を見てくる可能性は否定できない。
だから、オレも立ち上がった。最近では常時発動している【身体強化】と師匠との訓練で培った歩法を組み合わせ、ぬるりとミネルヴァの前へ身を乗り出す。
「え?」
ミネルヴァが呆けた声を上げた。今の動き、彼女の視点だと瞬間移動したように映ったんだろう。
それはさておき、
「彼らの家名を教えてください」
オレは囁く風に問うた。
「ホーアだけど……」
「ありがとう」
「ッ!?」
混乱するミネルヴァは素直に答えてくれた。
感謝を込めてウィンクを送ると、さらに顔を真っ赤にする彼女。うん、初々しいね。少しキザすぎると思ったけど、問題なかったみたいだ。
「なんだ。色なし風情が俺さまに歯向かう気か!」
「身の程を弁えろ!」
「しかり!」
矢面に出てきたオレに対し、気勢を上げる分家一同。威勢だけは一人前だな。今の動きは見ていたはずなんだが。
呆れつつも、彼らへ笑顔を向ける。
訝しげに警戒するカーヴァたち。安心しろ、こんな大衆の前で大袈裟なマネはしない。
オレは先程と同じ要領でカーヴァの目前まで移動した。間近の彼らしか異様さが分からないよう、絶妙に動きを調整して。
必然、吃驚の声を上げそうになるカーヴァだが、オレは機先を制して彼の肩を叩く。それから、彼にのみ聞こえる声量で囁いた。
「――――」
「貴様!?」
「――」
「なっ……チッ!」
顔色を赤と青に行き来させた彼は、舌打ちをして踵を返した。不機嫌さを隠そうともせず、ズンズンと人混みの方へ歩き去っていく。
「ど、どうしたんですか、カーヴァさま!?」
「しかり!?」
突然の挙動に腰巾着の連中も呆然とするものの、単独でオレたちの前へ立つ度胸はなかったようで、慌ててカーヴァの後を追っていった。
「ふぅ」
あの少年が、阿呆の中でも多少の知性を持つ部類で助かった。でなければ、多少は武力を用いるしかなかった。
無血で場を収められたことに安堵の息を漏らしていると、背後より声がかかった。
「何をしたのよ」
憮然とした面持ちのミネルヴァだった。しつこかった連中を一言で追い返したんだから、仕方のない反応か。見れば、事の成り行きを見守っていた貴族たちも、ざわざわと惑っている。
オレは肩を竦めた。
「特別なことはしてませんよ。彼の物分かりが良かっただけです」
「ふーん。まぁ、いいわ。後で訊き直すから」
おや、オレの言葉を信じておられないらしい。……いや、この感想はわざとらしすぎるか。
とはいっても、本当に変わったことはしていない。ここ数年、ホーア領へフォラナーダ領の野菜が流通しているので、それを差し止めるぞと脅しただけだ。オレが本気だと信じさせるために精神魔法を多少利用はしたけど、この程度ならオレ以外でも可能な手法だった。
「無属性にしては有能のようね。口先だけの男かと思ってたけど……少しは認めてあげるわ。とはいえ、私の伴侶になる男なのだから、これくらい出来てもらわないと困るけどね」
フンと鼻を鳴らし、ソッポを向くミネルヴァ。
とことん上から目線の発言だが、感謝してくれているらしい。やや頬が赤いし、魔力より伝わる感情も嬉しそうなモノだった。
相変わらずの捻くれ具合である。ゲームでも強情なところはあったけど、輪をかけて酷いんだよなぁ。やっぱり、オレが色なしだからだろうか? 根の部分が良い子なのは確かなので、これといって不満はないけどさ。
しばらくして公爵は会場に戻り、その後は何の問題も起こらず、ミネルヴァの九令式は幕を下ろした。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。