Chapter26-4 進展(7)
件の地下室は、思いのほか早く見つかった。
いや、『思いのほか』というのは失礼か。単純に、シオンの腕が良かっただけの話なんだから。たぶん、アタシ一人では発見できなかったか、もっと時間を要したと思う。
幾重の罠やダミーの道を回避し、アタシたちは地下へ続く長い長い階段の前に辿り着いた。
暗がりのせいで底が見えないけど、シオン曰く、城の構造やこれまでの罠の配置を鑑みると、ここが正規ルートで間違いないとか。
確かに、よく見れば、この先が強力な結界に覆われているのが分かる。たぶん、気配を誤魔化すタイプの代物だ。こんなもの、よほど隠したい場所にしか施さない。
やっぱり、彼女に任せて正解だった。アタシでは、こういった仕掛けは見破れない。時間をいくらでも掛けて良いなら別だけど、そうもいかないし。
無機質で硬質な階段は、足を下ろす度に“カツン”と鳴る。周囲はまったくの無音なので、かなり先まで音が響いてしまった。
無論、音が響かないように工夫はしたが、効果は見られなかった。これも、侵入者対策の一つなんだろう。
このまま足踏みしても、敵に対策する猶予を与えるだけだ。ゆえに、アタシたちは足音なんて無視して駆け出した。一直線に階段の先を目指す。
「うっ」
走っている途中で、結界を通り抜けたんだろう。突如として地下の気配がハッキリした。
進行方向から感じ取れるそれらは、あまりにもおぞましかった。ウヨウヨというか、ギッシリというか……とにかく、たくさんのヒトがいると分かる。一瞬では数え切れないくらい大量だ。
思わず足を止めたくなるほど、嫌な気分だった。喩えるなら、虫がウジャウジャいる石の下を、今から覗き込まなくてはいけない状況と同じかな。背中がぞわぞわする。
とはいえ、今さら足踏みはできない。
感じ取れる気配からして、その大半は例の限界突破者たちだろう。この先に限界突破者たちの育成施設が存在するのは間違いなく、そこに侵入したアタシたちは、紛れもない討伐対象だ。敵に捕まらないためにも、移動し続けるしかない。
階段を下り切った先には廊下があった。遥か先に扉が小さく見えるので、終着点はまだ先らしい。
しかし、ただの廊下でもない様子。それは周りを見渡せば明らかだった。
左右の壁は全面ガラス張りで、向こう側は大部屋となっていた。中には椅子型の魔道具が無数に配置されており、幼い子どもたちが座らされていた。
自ら望んで座ってないことは、彼らの浮かべる苦悶の表情と手足を縛る拘束具から察しがつく。
子どもたちは全員、膨大な魔力を抱えている。十中八九、限界突破者だろう。この施設で、彼らを育て上げているんだ。
「その実態は拷問紛い、か」
「結果が出ているので、さらに質が悪いですね」
走りながらアタシが呟くと、耳聡く拾ったらしいシオンが答えた。
彼女の言う通りだ。結果が出てしまっているから、こんな酷いやり方が続けられている。苦しみ、泣き叫ぶ子どもたちが生まれてしまっている。
ふと思い出すのは、アタシが奴隷商に預けられていた約一年間。殴る蹴るが日常茶飯事だった苦しい日々のこと。
あの時以上の痛みを彼らが味わっていると思うと、今すぐにでも助け出したくなる。
でも、それはできなかった。アタシたちの役割は皇帝の暗殺。彼らを救出しては、その目的が果たせなくなる。
走行中に、皇帝の気配は捕捉できていた。彼は、間違いなくこの施設の最奥にいる。ゆえに、なおさら子どもたちに意識を割いている暇はない。
「ニナさん……」
「大丈夫」
余計なことに思考を割いていたからか、シオンに気遣われてしまった。
アタシは頭を振り、返事をする。もう大丈夫。優先順位は間違えない。
心を揺さぶられる廊下を抜けた先は、先程子どもたちがいた部屋よりも大きな空間だった。天井は高く、敷地面積も……おそらく相当広いと思う。
何故、面積の方は推量なのかというと、正確な広さを目測できなかったためだ。部屋中に所狭しと並ぶ巨大なガラス瓶のせいで、前方以外の視界を遮られているんだ。ここまで大きいなら、水槽と表現した方が良いかもしれない。
それでも、『相当広い』と予想できたのは、前方に続く道の長さや水槽の向こう側に空間があると感じ取れたからだった。
最低限の灯りしかないため、部屋の中は薄暗い。だから、道に沿って並ぶ水槽たちには一種の威圧感を覚えた。不気味、と言い換えても良いだろう。
水槽については気になるが、やはり優先度は下がる。微弱に感じ取れる気配から、皇帝はこの部屋の奥にいるのは間違いないんだ。ならば、さっさと先へ進んでしまおう。
アタシはそう判断し、足を一歩踏み出す。
すると、そこに待ったがかかった。シオンが、こっちの肩を軽く抑えたんだ。
「ニナさん、よく水槽の中身を見てください」
何ごとかと顔を向けると、彼女は水槽の方を指差す。その声は、僅かに震えている気がした。
何があった?
アタシは嫌な予感を覚えつつも、シオンに従い、水槽を注視する。
部屋が暗いせいで、パッと見ただけでは、水槽の中身は判然としない。満ちている液体の揺らめきが、微かに分かるくらいだ。
だが、しっかりと観察すれば違う。
「……ヒト?」
アタシは思わず声を漏らした。
各水槽の中には、ヒトらしきものが浮かんでいた。小柄な体躯からして、幼い子どもだと判別できる。
一方で、ヒトだと断言したくない気持ちもあった。何せ、中にいるものは、ヒトと呼ぶにはあまりにも細かったから。全身が小枝の如きありさまだったんだ。
しかし、認めざるを得ない。あの子たちは正真正銘のヒトだと。血も肉も魔力も通っていると理解してしまった以上、否定することなんてできなかった。
「むごい」
自然と、そんな言葉がこぼれる。
水槽の中にいるのは、おそらく、限界突破者の素体として集められた子どもたちだろう。それ以外の理由は思いつかない。
ただ、疑問は残っている。何で、子どもたちは衰弱しているのか?
痩せ細っていることだけではない。指摘されるまで子どもたちに気づかなかった原因でもあるんだけど、水槽内の子どもたちの気配はとても小さいんだ。吹けば消えそうなロウソクの炎の如き儚さがあった。
戦力として扱うつもりなら、あんなギリギリ生きている状態にする意味はないはずだ。彼らの恨み辛みを使って強化するにしても、限度というものがある。非合理極まりないといって良い。
生かす殺さずの状態は、どちらかというと消耗品に近い印象を受けた。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




