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Chapter26-3 亡命(4)

「その二人が亡命してきた子たちか」


 ミデン、サヴロスと共同生活を始めて三日目の朝。何と、お兄さまが要塞に顔をお見せになられました。


 どうやら、己道(こどう)大陸から直接こちらに足を運ばれたようです。帰還早々にお会いできるなんて、(わたくし)、愛されていますね!


 ミデンたち姉弟を見つめるお兄さまの眼差しは、どこか値踏みするようでありつつも、その奥には確かな優しさがありました。


 貴族家当主として警戒しなくてはいけないと己を律しながらも、子どもを愛する気持ちは隠し切れていない。そのような感じでしょうか? 内心で葛藤するお兄さまも萌えますッ。


 (わたくし)が密かに身悶えている間に、お兄さまは姉弟二人と会話を交わし始めました。


「はじめまして。オレはカロンの兄のゼクスだ。キミたちの名前を教えてもらっていいかな? ……嗚呼、普通に話してくれて構わないよ」


「あ、あたしはミデン。こっちは弟のサヴロス」


「ミデンとサヴロスだね。よろしく」


 二人の前で膝を折り、視線を合わせて話すお兄さま。その振る舞いはとても優しさに満ちており、つい頬を緩めてしまうほどでした。


 姉弟も同様で、警戒心が下がったことが、傍から見ているだけでも分かります。


 もしかしたら、リラックス効果のある精神魔法を発動しているのかもしれません。それによって、一気に心の距離を縮めたのでしょう。


 印象の良いファーストアクションのお陰か、お兄さまたちはテンポ良く雑談を続けました。その中には当然、サヴロスが喋れないことへの注意喚起も含まれております。


 それを聞いたお兄さまは、何らかの魔法でサヴロスを調べたようでしたが、それ以上のアクションは起こしませんでした。


 お優しいお兄さまがサヴロスの現状を放置するはずがないので、今のところは手の施しようがないと考えた方が良さそうですね。元々、お兄さまの精神魔法は一過性の効果しか望めないものが多いですし。


 逆に言えば、それほどサヴロスに刻まれた心の傷は深いのでしょう。


 彼らの精神衛生を配慮し、未だ詳しい事情は聞き出せていないのですが、その手の話をするのが今から怖くなってきますね。


「カロン。オレは一度フォラナーダに戻って、ミネルヴァの様子を見てくるよ」


 軽い談笑を終えたお兄さまが、こちらへ声を掛けてきました。


 (わたくし)は余計な思考を頭の中から追い出し、頷きます。


「承知いたしました。ついでと言ったら申しわけないのですが、ミネルヴァに根を詰めすぎないよう注意していただけますか? 絶対、研究にのめり込んでいるでしょうから」


 スキアを傍につけていますが、彼女は押しに弱い子です。ミネルヴァに押し切られている可能性は高いでしょう。


 (わたくし)の依頼に、お兄さまは苦笑を浮かべながらも承諾してくださいました。


「確かに、あり得そうだ。分かった、注意しておく」


 これで良し。お兄さまのお言葉なら、いくらミネルヴァでも無視できないはずです。


 (わたくし)が小さくガッツポーズを取っていると、不意にお兄さまが問うてきました。


「今日の午後、予定は空いてるか?」


「はい、これといって用事はございませんが」


 どのような意図の質問か分からず、首を傾げながら答える(わたくし)


 その後に続くお兄さまの発言は、衝撃的なものでした。


「なら、ミデンとサヴロスを連れて、フォラナーダの領都を巡ろう。観光案内って奴だ」


「えっ、宜しいのですか!?」


 (わたくし)は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。


 気恥ずかしくなりますが、この反応は仕方のないものだと思います。それほど、お兄さまの仰ったことは驚愕に満ちていたのですから。


 そもそも、(わたくし)たちが辺鄙な土地に居を構えているのは、ミデンたち姉弟の安全性が保障できないためです。いつ暴発するか分からない特大の爆弾は、国内に持ち込めません。それを都市部になど、もっとあり得ない話でしょう。


 こちらの反応を受け、お兄さまは苦笑を溢されました。


「気持ちは分かるけど、これも必要なことだと思うぞ。この子たちは過酷な環境に身を置いてたんだ。そうじゃない世界もあるんだって教えてあげないと。こんな何もないところじゃなくてさ」


「それはそうですが……」


 お兄さまのご意見には共感します。(わたくし)も、できることなら色々な場所を見せてあげたいと思っております。


 ですが、彼らの力の大きさが、不安定さが、その自由を許さないのです。たった二人の姉弟よりも、大勢の国民の安全を優先するのは当然の判断でしょう。


 (わたくし)の戸惑いは理解していらっしゃるはずなのに、お兄さまの態度は変わりませんでした。泰然(たいぜん)とした調子のまま、何てことない風に仰るのです。


「心配することない。オレがいるんだから」


 何を言っているんだと呆れられるだろうセリフ。しかし、その発言者がお兄さまならば、抱く感情は百八十度変わりました。


 仰る通りだと、(わたくし)は納得したのです。お兄さまがいらっしゃるのなら、何も心配する必要はないと。万が一の場合でも、お兄さまが何とかしてくださると。


 また、お兄さまは『観光』と仰っていました。その言葉を選択したことから察するに、長い間、姉弟を連れ回すつもりはないのでしょう。


 短時間、しかも二人という少数であれば、何が起こっても対処できるとお兄さまは判断したのだと思います。


 それでもリスクは存在しますが……お兄さまは、二人をここに封じ続ける方が良くないと考えたのかもしれません。


 この辺りは、後ほど確認しておく必要がありますね。


 思考をまとめ終えた(わたくし)は、一つ頷きました。


「承知いたしました。こちらも準備しておきます。ですが、外出許可はしっかり取ってくださいね?」


「分かってる。無断で連れ出したりはしないよ」


 じゃあよろしく、といって、お兄さまは【位相連結(ゲート)】の向こう側に去って行かれました。


 それを見届けた(わたくし)は、「さて」と両手を合わせます。


「今の話は聞いておりましたね? 早速ですが、外出の準備をいたしましょう」


「い、いいの?」


 すると、恐る恐る尋ねてくるミデン。その表情には多分に疑念が含まれておりました。すべてとは言わずとも、彼女は自分の境遇を理解しているのでしょう。


「当然です。(わたくし)のお兄さまは、このようなことで嘘は吐きませんよ」


「やった!」


 (わたくし)が笑顔で答えると、彼女は喜色満面になりました。その後、無表情でいたサヴロスの手を握って、クルクルとその場で踊り始めます。


 この光景を見て、お兄さまのご提案に乗ったのは正解だったと実感しました。要塞にこもりっぱなしでは、ミデンたちはストレスを溜め込みすぎていたかもしれません。


 それから一時間後にお兄さまはお戻りになられ、(わたくし)たちはフォラナーダの領都へと移動するのでした。

 

次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。

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