Chapter26-3 亡命(3)
ノマたちが持ち場に帰った後、私と姉弟二人は、要塞の中心付近にある談話室に足を運んでおりました。
何てことはありません。お茶会を開こうと思ったのです。今こそ、お兄さま直伝の技術をお披露目する時でしょう!
ちなみに、食事等の用意については、フォラナーダの使用人たちが持ち回りでこなしてくれる予定です。さすがに、私一人で生活のすべてを回すのは無謀すぎます。小規模とはいえ、ここは要塞ですし。
住み込みでないのは、ミデンたちを警戒しているため。姉弟との接触機会をあえて減らしているのも、同様の理由です。
何せ、二人が本当に帝国を裏切るつもりなのか不確か。もし本当だとしても、途中で心変わりする可能性もございますし、記憶操作の呪いを付与されている危険性もあります。
相手が限界突破者である以上、万全を期すしかないのです。
まぁ、それを言ったら、フォラナーダ家の第二夫人たる私が行う仕事でもないのですが、そこは適材適所。私なら、どう足掻いても死にませんので。
話を戻しましょう。
せっかく一緒に生活するのです。いつまでも他人行儀なのは息が詰まるので、親睦を深めるのは必要なことだと思います。相手を知ることは、様々な面でも役に立つでしょう。
「わぁ」
「……」
私が子ども用の甘い紅茶と茶菓子をテーブルに並べると、ミデンは目をキラキラと輝かせました。まるで、宝物でも見つけたかのようなはしゃぎっぷりです。
サヴロスの方は相変わらず無反応ですが、まったく無関心というわけではなさそうでした。ジッと茶菓子を見つめています。
何だかんだ、二人とも年頃の少年少女なのでしょう。歳相応の反応に、私は頬が緩みました。
「どうぞ、気兼ねなく飲食してください」
私がそう告げると、ミデンはそわそわした様子で問うてきます。
「い、いいんですか?」
「当然です。これは、あなた方に提供したものですから」
「ッ!」
こちらの返答を聞いたミデンは、飛びつくように紅茶を口にしました。
よほど口にあったのか、パァと笑顔を浮かべて、隣に座る弟に向けて「おいしいよ!」と勧める彼女。
それを受け、サヴロスも茶菓子に手をつけ始めました。反応は乏しいですが、リスのように頬張るのを止めない辺り、気に入ってくれたみたいです。良かった。
ガツガツと飲食する様はお世辞にも行儀が良いとは言えませんが、黙って見守ります。
将来に不安を抱いていた姉弟が、今この時だけは幸せそうにいているのです。そこに無粋なツッコミを入れるなど、野暮がすぎるでしょう。
ものすごい勢いで紅茶とお茶菓子を飲食し尽くした二人。ミデンはチラチラと私の様子を窺い、サヴロスはボーッと空になったお皿を眺めております。
その仕草で何を仰りたいかは分かりました。ですが、その要求をすべて呑むことは難しいのです。
私は申しわけなく思いながらも、彼らに告げます。
「紅茶のお代わりは用意できますが、お菓子の方は出せません。これ以上食べると、お昼ご飯が入らなくなってしまいますから」
予定された昼餉の時間まで、一時間を切っておりました。厨房では、すでに使用人たちが調理を始めていると思われます。
いくら育ち盛りの子たちでも……いえ、育ち盛りだからこそ、ちゃんとしたご飯をしっかり食べるべきでしょう。お菓子だけで満腹にするわけにはいきません。
するとミデンは、何故か挙動不審に目を泳がせ始めました。
お菓子を食べられなくて落胆するなら分かりますが、どうして動揺を?
不可解な反応に、私は首を傾げます。
事情を話してくれると考えて幾許か間を置きましたが、一向に口を開く気配はありませんでした。ゆえに、こちらから尋ねます。
「何か気掛かりでもありましたか?」
デリケートな問題な気がしたため、ミデンを怖がらせないよう、努めて優しい声音を心掛けました。
今のやり方でも彼女はビクリと肩を震わせたので、この対応は正解だったようです。気を遣わなければ、完全に口を閉ざしていたかもしれません。
私は内心で安堵しつつ、さらに「無理に話さなくても大丈夫ですよ」と追加で告げ、しばらく彼女の様子を窺いました。
無理強いするつもりはないと悟ってくれたらしく、あからさまに安堵するミデン。それから、何やら思案する仕草を見せた後、ゆっくりと問うてきました。
「ごはんって、普通のごはんなの?」
「へ?」
意図が分からず、間の抜けた声を漏らしてしまいました。
ただ、彼女の表情から、かなり真剣な質問なのは理解できます。余計な勘繰りをされたくない私は、素直に答えました。
「もちろん、普通のご飯ですよ。メニューは聞いていないので分かりませんが……あなたたちの境遇を考慮すると、胃に優しいものを用意しているのではないでしょうか?」
おそらく、スープがメインですね。二人が栄養不足なのは分かり切っているので、野菜中心の具材を形がなくなるまで溶かしたものだと予想します。
その辺りを説明すると、ミデンのみならずサヴロスまでゴクリと喉を鳴らしました。
茶菓子の時の反応も合わせると、サヴロスは結構食いしん坊の可能性が高そうです。表情は全然変わりませんが。
私がそんな益体もないことを考えている間に、ミデンが新たな質問を投じてきます。
「具材って、普通の具材?」
「ええ、普通の具材ですが……」
またもや不可解な問い。
今度も、怪訝に思いながらも答えました。ですが、途中で嫌な予想を思い浮かべてしまいました。彼らの境遇や以前に戦ったアヴァリシア嬢の発言を鑑みるとまさか――
「まさか、帝国で出されていた食事には、何か混ぜられていたのですか?」
問わずにはいられませんでした。これがもし真実なら、ミデンたちの心を抉る行為でしょう。
しかし、今後のことを考えるなら、目を逸らす方が問題です。でなければ、思わぬところで、配慮に欠けた行動を取ってしまう危険性がありますから。
こちらの問いを受けたミデンの顔は、サァと青ざめました。見れば、無表情だったサヴロスでさえ、沈痛な色を浮かべております。
察してあまりある態度でした。私が想像していた以上に、彼らのすごした環境は過酷だったようです。
私はコッソリと【リフレッシュ】を二人に施しながら、真摯に謝罪しました。
「申しわけございません。配慮に欠けた質問をしてしまったようです」
「だ、大丈夫だから。頭を上げて!」
頭を下げた私に、ミデンは慌てて返答しました。顔色は悪いままですが、言葉を返す余力は残っている模様。
……謝罪は逆効果だったみたいですね、むしろ気を遣わせてしまいました。
私は自らの行動を反省しつつ、「少し待っていてください」と二人に告げ、部屋の隅に移動します。
そして、魔電を起動しました。
連絡先は、当然、この要塞の厨房です。ミデンたちのトラウマを報告し、食事の変更を命じました。これにより、今後も中身が不確かな食事は採用されないでしょう。
すでに調理が始まっていただろうスープはもったいなく思いますが、我がフォラナーダの使用人たちなら、上手く処理すると信じます。きっと、どこかの食事に流用するでしょう。
手短に報告を終えた私は、「お待たせしました」と声を掛け、ミデンたち姉弟の下に戻ります。
その後は、これから何をしていくか、何をしたいのかを話し合いました。もう少し、彼らの過去を探りたい気持ちもありましたが、無理はいけません。
時間が差し迫っているわけでもないのです。焦らず、ゆっくり、関係を深めていきましょう。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




