Chapter26-2 標破者(3)
村に滞在すること丸一日。ようやく、対標破者用の探知術が完成した。己道ゆえに、もう少し時間がかかると踏んでいたけど、サザンカの知恵も得られたお陰で時間を早められた。
やはり、長生きしている者の経験は偉大だな。術理は異なっても、応用できる部分があった。
「任せておいて何じゃが、よく完成したのぅ。隠密系の術は、探索する範囲が広ければ広いほど看破が難しいのに」
作業の完了を報せたところ、サザンカが目を丸くして言った。
オレは肩を竦める。
「まぁ、そこはゴリ押しだな。神化すれば生命力も向上するから、試行回数を稼げたんだよ」
「なるほどのぅ。しかし、それだけではないのじゃろう?」
「そうだな」
彼女の指摘する通り、ゴリ押しだけで解決するほど、標破者の隠密は温くなかった。
せっかくなので、順を追って説明しよう。
「まず、標破者が行使している技術の種類を特定したんだ。何度も探知術を繰り返して」
「全然気づかんかったぞ」
「まぁ、己道のそれだし、だいぶ薄めて発動してたから」
苦手な術理の精密操作ゆえに、相当神経を使う作業だったのは確かだ。
ただ、苦労した分だけのリターンは、ちゃんとあった。
「お陰で、標破者は遮断系じゃなく、浸透系の隠密を使ってることが分かった。たぶん、大気中に漂ってる生命力と自身の生命力を混ぜ合わせて、存在の境界線を曖昧にしてるんじゃないかな」
遮断系なら『空白に何かがある』と判断できるから楽だったんだが、そんなヘマをやらかす人物ではなかったらしい。
こちらの説明を聞いたサザンカは、眉根を寄せる。
「『存在の境界線を曖昧に』か。標破者とやらは、ずいぶんと無茶な術を使っておるんじゃな」
「嗚呼。下手したら、自己の流出や崩壊を招きかねない術だ。そのリスクを無視できるくらい、生命力のコントロールが卓越してるんだろう」
「それほどの腕前か。ようやく納得した。ワシと同格存在という看板に偽りなしじゃ」
彼女は標破者の力の高さを実感したようで、不敵に笑う。
何だかんだ、サザンカも好戦的な一面があるよなぁ。そういう部分がなければ、限界を超えて強くなれないんだろうけども。
オレは内心で苦笑を溢しつつ、言葉を続ける。
「で、浸透系の隠密と分かったのなら、手っ取り早い対策が一つある。周囲の気配ごと乱してしまえばいい」
大雑把に例えると、混合液に衝撃を与えて分離させる感じかな。霧化分離とは少し違うが。
大陸全域の大気を乱すというのは骨が折れるものの、そこは持ち前の魔力量で何とかなる。
生命力ではなく魔力? と疑問に思うかもしれないが、その点は問題ない。魔力と生命力は相性が悪いため、乱すだけなら魔力でも何とかなるんだよ。
無論、生命力で干渉するより消耗は激しくなるが、それを差し引いても、魔力を使う方がオレにとっては効率が良いんだ。
一通り語り終えると、サザンカは呆れた表情を浮かべていた。
「よく分かった。確かに、それはゴリ押しという他ないわ」
「一応、余計な被害が出ないよう、魔力の調整はしてるけどな」
というより、開発時間の大半は、その調整に費やしたようなものだ。万が一の可能性もない力作である。
「早速、調べるのか?」
「いや、発動したら絶対にバレる。逃げられると思うから、こっちも準備を整えてからにしたい」
無理やり隠密を掻き回すんだ。どんなに鈍感な人物でも気づく。相手が相当の実力者であれば、あっという間に逃亡して身を隠すだろう。しかも、さらに隠密技術を向上させて。
続く展開の予想が容易だからこそ、こちらも入念に準備しておきたかった。
「それもそうじゃのぅ」
サザンカの同意も得られたので、オレたちは行動を開始する。
といっても、そこまで大仰なことはやらない。村のヒトたちに出立の挨拶をし、また改めて挨拶に伺うと約束するだけだ。
小屋は好きに使って良いと言ったんだが、『また来るなら残しておく』と、逆に気を遣われてしまった。本当に良いヒトたちだ。
反撃される可能性も考え、村から遠く離れた草原で探知術を行使することに決める。
周囲への警戒をサザンカに任せ、いよいよオレは対標破者用の探知術を発動した。
膨大で濃密な魔力がオレの体から溢れ出、瞬く間に大地を覆い尽くしていく。すでに展開済みだった魔道具を経由し、大陸全土に魔力は浸透した。
そして次の瞬間、バチッと電気が弾けたような音が鳴り――
「――見つけた」
オレは足下に【位相連結】を開いた。
浮遊感は一瞬より短く。
周囲を確認する暇もなく、転移と同時にオレは動いた。何故なら、目的の人物は今にも逃げ出そうとしているんだから。
一際強い生命力を持つ十歳前後の少女は、オレたちに背中を向けていた。
そう、標破者は幼気な少女の姿をしていたんだ。ミニスカ風のチーパオを身につけた体は小柄で、長い手足は折れそうなほど華奢。肌は雪のように白く、ハーフアップに整えられた黒髪は艶やか。一見すると、か弱い女の子だった。
しかし、その脆弱さが外見のみ繕ったものだと、オレは見抜いている。一度捕捉し、ここまで接近したんだ。その内側に湛える力の奔流を見逃すはずがなかった。
標破者を巻き込み、【異相世界】を展開した。これが、逃亡を阻止するもっとも効率的な方法だ。
しかし、事はそう簡単に片づかない。目的の人物が対象からすり抜けたんだ。標破者は【異相世界】に囚われることなく、未だ現実世界に残っている。
この結果にはオレも目を瞠る。
おそらく、“存在の境界線を曖昧にする隠密”の応用だと思うが、オレの魔法からも逃れられるとは驚きである。
とはいえ、いつまでも呆然としてはいられない。標破者の存在感が、徐々に薄くなっているんだから。
対象を取る魔法では捕縛が難しい。であれば、範囲指定の魔法が最適だな。
オレは透明になっていく標破者に向けて右の開手を向けた。それから、ダイヤルを回すように虚空を掴み、捻る。
途端、標破者を中心とした半径二メートルに白い線が走り、標破者は元の状態へと戻った。
現状を認めた標破者は、慌てて白い線にパンチを見舞うが、こぶしがそれを超えることはない。どれほど力を込めようと、標破者が白線でできた球体の外に出ることは叶わなかった。
この魔法の名は【牢獄位相】。指定した箇所の次元を魔力に分解し、世界と断絶させる術だ。
魔法自体は分解する行程までのため、維持などにリソースを割かなくて良いのが利点だな。世界から隔離するので、標破者の隠密とも相性が良い。
何度も徒手空拳を繰り返す様を見る限り、標破者に【牢獄位相】を突破する手段はないようだ。捕縛完了である。
ミッションが終わったことに安堵していると、周囲警戒を任せていたサザンカが声を掛けてきた。
「ゼクス殿。周りをよく見るんじゃ」
「うん?」
げんなりした彼女の声に首を傾げつつ、言われた通りに周囲を見回す。
「げっ」
自然と、そんな声が漏れた。
仕方ないだろう。オレたちがいた場所は豪華な庭園で、大勢の侍に囲まれていたんだから。どこからどう見ても、現在地は要人の城内である。侍がいるということは、武士勢力――帝国か。
標破者の逃亡阻止のため、転移先の確認を怠ったのが仇となったな。
だが、そうしなければ、標破者には逃げられていただろう。場所が悪かったのは結果論。今回の判断自体、そこまで間違っていたとは思わない。
はてさて、この場をどう乗り越えたら良いものか。【位相連結】でトンズラするのが手っ取り早いけど……。
思考を加速させ、現状の打開策を模索するオレ。
すると、聞き覚えのある声と、ヒリヒリとする敵意が伝わってきた。
「ゼクス?」
まだ若干の幼さの残る男のそれ。
目を向ければ、そこには茶髪茶目の少年――ウィリアムと、彼が構える聖剣ドゥリンダナがいた。
次回の投稿は明後日の12:00頃の予定です。




