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魔法の石フーラス  作者: 春野 悠
第1章 手紙にかけられた魔法
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手紙にかけられた魔法 4

 幼い頃に、シルマはクアラークの同盟国で隣国のブライアート王国という、魔法国家といえるくらい魔法が当たり前に使われている大国に訪問したことがあった。とはいえ、それもずいぶん昔の話。シルマは記憶にかする程度にしか覚えがない。だから、魔法をこの目ではっきりと見たのは、その誕生日が初めてだった。

 その時だけは、あの不思議な光の玉を見て、子どものようにはしゃいだ。魔法使いの彼に、その魔法を教えてくれと必死で頼んだくらいだ。それほどに、日ごろ楽しみの少ないシルマにとっては新鮮な出来事だった。

 初めこそ、シルマだって彼が城に来てくれるのを楽しみにしていたのに。楽しみに待っていたのは、自分だけではないと知った。城の皆が彼の魔法を一目見ようと心待ちにしていた。それはもうあの騎士隊隊長ですら浮かれているのがわかるくらい。そんな期待に応えるように、魔法使いが城にやってくる回数も増えていく。

 するとシルマもだんだんと腹が立ってきた。あの魔法使いばかり皆にちやほやされている。願いなど聞いてもらえずに城に閉じ込められてばかりいるシルマとは大違いで、彼は城と外とを自由に行き来できる。一言でいえば彼は「自由」だった。それがうらやましくて、悔しかった。

 冷静に考えてみれば、なぜ彼はこの城に来たのだろうか。クアラークにも多少は魔法使いがいることはシルマも知っていたが、彼のように娯楽に規模の大きな魔法を使えるほどの実力者は聞いたことがない。せいぜい手紙を遠くに飛ばすことができるとか、ものをほんのちょっと浮かせることができるとか。まれにすごいと噂される魔法使いがいると聞いても、結局は魔法使いの国ブライアートからの移住者だったと話が終わる。そもそも、城に来てまで魔法を見せた者はいない。

 王様のところにわざわざアピールしに来たということは、何かきっとたくらんでいる。皆のご機嫌取りをして、地位や権力を得ようとしているのかもしれない。

 そんなシルマの考えを裏付けるように、父は魔法使いのことをますます気に入っていくようだった。


 あーあ。こんなこと考えるのなんてやめやめ。

 シルマは、エルメスのことも魔法使いのことも全部頭から追い出した。

 私の考えなんて、どうせ誰も聞いてくれやしないんだから。どうなろうと知ったことじゃない。

 さっきエルメスに閉められてしまったカーテンを再び開ける。

 専属庭師のグラントが、さっきからずっとバラの手入れをしていた。赤や白、濃いピンクに黄色いバラは、ちょうど今が花盛りだった。バラの世話に関してはグラントに勝る者はなく、クアラーク国内でもこの棘がなく花びらが大きい城のバラは、「キング」と名がつくほど有名らしい。

 シルマが生まれる前からここの庭師として働いているグラントは、真っ白な短髪に白いひげを生やしたおじいさんだが、どんな人なのかは正直よくわからない。無口なたちで、庭師見習いに指示を出している以外に、誰かと話している姿は見たことがなかった。

 バラよりも外側に植えられているのは小さなロベリアの花。色とりどりのロベリアは、まるで小さな妖精たちが舞っているようで、思わずシルマお得意の空想癖が顔を出す。ロベリアの花は、シルマの姉、セリーヌが好きな花でもあった。花が盛んな時期になると、セリーヌはよく本を手に、何時間でも花の側で読書をしていたものだ。そんな姉があまりにも優雅で美しく見えて、一度だけセリーヌのまねごとをしてみたけれど、どうにもわざとらしく思えてしまってすぐにやめてしまった。

 シルマはセリーヌが大好きだった。姉はいつでもシルマの味方をしてくれた。シルマも誰よりも姉を信頼していた。

 それなのに。セリーヌは今どこにもいない。魔法使いが来るより前、一年以上も前に王様とひどい言い争いになったセリーヌは、その翌日には姿を消していた。書置きはなかったけれど、誰もが家出をしたのだと考えた。その日以来、姉は姿どころか連絡すら知らせてきていなかった。

 本当はシルマも王妃様もセリーヌが家出をしたなんて信じていない。シルマがよく知るセリーヌは、そんな愚かなことをする姉ではなかった。感情のままに城を飛び出すなど、彼女の性格ではありえないことだ。きっと何かあったんだ。危ないことに巻き込まれてしまったのかも。心配になって、シルマは母と一緒にセリーヌを捜すように命を出したが、結局見つからないどころか、探すことを王様に禁じられてしまった。喧嘩のほとぼりは冷めただろうに、王様は決してセリーヌを捜そうとはしなかったのだ。

 もし自分が外に出ることができたのなら、すぐにでもセリーヌを捜しに行くのに。

 セリーヌは荷物も持たずに姿を消したらしかった。彼女が常より持ち歩いているものは、すべて部屋に置きっぱなしだった。大好きな本も一冊もなくなっていない。使用人頭のオルコットは、彼女がいつ戻ってきてもいいように毎日部屋をきれいに掃除している。

 それでもやっぱり、使う人がいないと部屋はくすんで見えるばかりだった。

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