俺が拾った偽物こねこ
雨の夜、スーツ姿でアパートに続く坂を登る。街灯の少ないこの道は暗かった。
ようやく坂道を登り切る。
見慣れた景色のはずなのに、何か違和感があった。
ああ、そうか。斜め前に段ボールが置いてあるからか。はぁ、明日はペットボトルの回収日だというのに。
歩道を遮るように置いてあった段ボールを覗き込む。
「うわぁ!」
思わず後退りをする。
小さな猫がいた。
生きてるかどうかわからない。
でもそのまま放置していくほど薄情な人間ではない。
夜間に空いている動物病院を調べる。
あ、あった。ここから歩いて二十分もするのか。しかも坂の下ときた。結構頑張ったのに…。
本当はバスタオルの方がいいと思うけど、生憎俺は仕事帰りだ。とりあえず着ていたコートを猫に巻いて坂を下った。
「あと少し遅かったら、この子猫危なかったよ」
優しそうな獣医のおじさんが言った。
俺は少し気になっていたことを口にする。
「あの、その猫ってどうなるんですか」
獣医さんは目を軽く逸らした。
「うちでも里親は探してみるけど、見つからなかったら…」
その先は聞かずともわかる。
俺は一旦席をたって、ある場所に電話をかけた。
よし。
獣医さんの元へ戻る。
「その猫、飼ってもいいですか」
俺がそう言うと獣医さんは細い目を大きく開いた。
「えっと、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。大丈夫?いきなり飼える?」
大丈夫、か。
自慢じゃないが、お金には困っていない。それにどうせこれからも会社と家の往復するだけの毎日だ。
だったら残りの人生とお金の一部を猫に捧げたって何の問題もない。
「大丈夫です」
俺は言った。
この猫『ヒナタ』を家に連れて帰った。
昨日あったことはこれで全てだ。
じゃあなぜ俺の部屋で少女が寝ているんだ?
少女がモゾモゾと動き始める。
ヒヤリとした。もしここで騒がれたりしたら…。新居探しなんて御免だ。
だがそんな心配は要らなかった。少女は俺のことを見るや否や、思いっきり抱きついてきた。
「ちょっとまて!君は誰だ」
俺が慌てると少女は悪戯な笑みを浮かべた。
「ヒナタだよ!」
ん、ヒナタ?何を言ってる。
「ヒナタは猫だ」
「だからそうなんだってば!」
途端に少女はあの猫の姿になった。
俺は唖然とする。
ああ、簡単に『大丈夫』なんて言うんじゃなかった…。
これが俺と不思議な猫のはじめましての日だ。