先生に捕まった。
ジャンル迷子……。
後衛。ってかぶっちゃけ非戦闘員。サポート担当なので、こう囲まれると対応できない。
鞄も取られた。鞄の中には、調合済みの薬とか、軽めの爆薬とか入ってたから、あれがないとなんも出来ない。
残りの仲間は今も逃亡中らしい。私を人質に誘き出そうかとか、目の前で相談するなよ。
戦闘術教師、筋肉先生(あだ名ね)
旧約史教師、由利音先生(女子生徒に人気)
保険医、美羅先生(名前ね。男子生徒に人気)
知らなかった。まさか先生達が敵だったなんて。
仲間達は魔核を持って逃走中。先生達が狙ってるのはそれだ。
何に使う気なのかは知らないけど、魔を従えてるんだからなんかそう言うのに使うのかな。
ってなると渡したくないな。みんなの居場所は吐かないでおこう。
「では私が紫崎さんを見ますから、お二人は残りの捜索でいいですか?」
どうやら方向性が決まったらしい。
筋肉と美羅先生は捜索。
由利音先生が私担当。
普通そこは美羅先生が私担当では? と思うんだけど、美羅先生は「子供の世話はちょっと」だってさ。まぁ美羅先生からしたら私は子供か。みら先生ってばおば……
めっちゃ睨まれた。恐い。
コホン。みら先生美人ですぅ〜。
と言う訳で由利音先生だけが残った。
「それじゃあ、うちへ行きましょうか。暫くは寮に帰れませんけど、我慢してください」
眉を下げて由利音先生が言う。気弱そうというか、なんというか。この柔らかそうな表情が、女子生徒に人気なんだと思う。
彼は昔からそんな感じだ。
そんな事より鞄を返して欲しい。
由利音先生が持ってる鞄をじっと見ていたら、また困った顔をされた。
「あまり手荒な事はしたくないので、大人しくして戴けると、有難いのですが……」
丁寧に物騒な事を言ってくれる。
後衛っぽい形をしているくせに、私よりずっと強いのだから、逆らえるはずが無い。
「紫崎さん」
「……わ、かりました」
渋々了承。
大人しくしていればきっと隙が出来る。機を狙う事にしよう。
「では、私は帰り支度をしますので、職員駐車場で待っててください」
「はい」
私は手ぶらで駐車場へ。
鞄がなければ、特に荷物も無い。財布も携帯も鞄の中だ。
駐車場には車が3台あった。
赤いスポーツカーっぽいのが美羅先生。
白っぽいミニバンが筋肉。
黒い外車っぽいのが由利音先生のかな。
イメージ的に。
学園に残ってる先生は多分この3人だけ。敵はこの3人だけ?
うーん、謎。
「お待たせしました。どうぞ」
由利音先生はやっぱ黒い車だった。
後ろに私と先生の鞄を置いて、助手席のドアを開けてくれる。
「あ、うちの車、土足禁止なんです」
そう言って先生は、私の足からスニーカーを奪った。
車のシートに腰掛けた私の前に王子様よろしく跪く先生は、ちょっと嬉しそうだ。いい笑顔ですね。
ガラスの靴じゃなくてごめんね先生。
ちょっと汚れた私の靴はそのまま後部座席に仕舞われた。
あ、先生はその靴で乗るんですね。
「靴履いてないと、運転できませんから」
しれっと言うけど、土禁って嘘でしょ。
靴奪って逃亡阻止したいだけですよね。
先生の車が滑り出す。
柔らかい揺れのシートは大変座り心地が良く、ちょっと眠くなってくる。
さすが高級外車(仮)
「途中夕飯の買い出しにスーパー寄りますね」
スーツで外車を運転する先生。正直絵になると思う。
携帯があったら写真撮りたいくらいにはいい。
世の女子高生がキャーキャー言うのもうなずける。
助手席からじっくりと先生を観察していたら、横目でチラ見された。目が合う。
あ、口角が上がった。
観察してるのばれたんだ、恥ずかしい。
そうこうしているうちにスーパーへ着いた。
助手席に回って靴を履かせてくれる。
かなり恥ずかしかったので、自分で出来ますって言ったんだけど、笑顔で黙殺された。ひどい。
あと、立ち上がって鞄取ろうとしたら鍵閉められた。
ペヨッペヨッて、ボタンで鍵閉まるやつ。なんか間抜けな音だよね。
そのまま二人でスーパーへ。
先生から2千円貰った。
「必要な物があったらこれで揃えてください。歯ブラシとか、あと、替えの下着とか」
下着のとこ目を逸らされた。恥ずかしいのかな? 嘘でしょ。
お言葉に甘えて別行動で買い物。鞄がないから、まだ逃亡はしない。
歯ブラシと、お泊りセット。替えのパンツと、あと靴下も買っておこう。
……なんだこれ、突然彼氏の家に泊まる事になったみたいなラインナップになってしまった。
しかもスーツ男子と女子高生。絵面がヤバすぎる。
ただの人質なのに。
買い物を済ませて車へ戻る。
羞恥の靴脱ぎを済ませたあと、買い物袋を膝に乗せられた。
持っててください、だそうだ。まぁいいけど。
再び心地よい揺れに誘われて、どうやら眠ってしまったらしい。
目が覚めたのは、体が大きく揺すられる感じがしたからだ。
人質の身で居眠りとか、ちょっと自分でもどうかと思うよ。うん。
「着きましたよ。袋、落とさないように持っててくださいね」
先生の顔が近い。言われた通り買い物袋をしっかりと抱き込む。
これは、お姫様抱っこってやつですか? 嘘でしょ?
先生は私を抱えたまま背中で扉を閉め鍵を掛けた。
私の鞄が車の中に取り残される。ちゃっかり自分の鞄は持ってきたんですね、さすがです。
あと、靴も閉じ込められた。
これが狙いかぁー。
流石に裸足で逃げるのは大変そうだ。これは困った。
やっぱ土禁嘘じゃん。
地下駐車場らしきとこから、エレベーターでフロアへ移動。
結構な高層階にたどり着きました。なんか高級そうな廊下ですね。
玄関開けて、床に下ろしてもらった。
「奥へどうぞ」
「……はい」
先生の背中には玄関。車のキーは、靴箱の上だ。
でもまだ逃げられそうにない。先生に促され、私は奥へと進む。
廊下の先はLDKだった。
人1人寝転がれそうな大きなソファ。ふかふかそうだ。
ダイニングテーブルに椅子が2脚。
カウンターの向こうにキッチン。
廊下とは別に扉が2つ。
キッチンにあるコントロールパネルでお風呂を沸かす。
「お手洗いはそっちに。あと、奥の部屋は寝室と書斎です。お風呂は……着替えを何か探してきますので、ちょっとまっててくださいね」
そう言って先生は扉の1つに消えた。寝室かな?
開いた扉から月明かりが漏れる。
もう1つの扉が書斎か。
すごくいいマンションだし、印税がすごいのかもしれない。
「これでいいですか? お疲れでしょう、湯船に浸かって、体を休めてくださいね」
黒いスウェットを渡され、そのままバスルームに押し込められた。
お風呂が、沸きました。なんて呑気な女性の声がした。
寮はシャワーか共同浴場だ。1人でお風呂なんて久しぶり。
お言葉に甘えて、しっかり浸からせてもらおう。
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お風呂から上がると、先生は夕飯を作っていた。
テーブルの上には白いお皿に乗ったパスタ。
なんて美味しそう。
「あの……」
「あぁ、ちょうど夕飯出来たところですから、一緒に……えっと」
白いシャツを腕まくりして、ギャルソンエプロン。うーん眩しい。
一方私は先生に借りたスウェット。上だけ。
下? 下のズボンはどうしたのかって?
先生は細身に見えても成人男性。先生のサイズのズボンは私には大きすぎた。脚は引きずるし、ウエストはダボダボで腰に引っかかりもしない。
ウエストの紐は無かった。紐、取っちゃう派なんですね。
というわけでスウェットの上だけワンピースみたいにして着ることにした。
自分でもこれは無いなって思う。
「困ったなぁ……」
口元を手で隠して顔を背ける先生。耳、赤いですよ。
先生が純情とか、嘘だとおもう。
「脚が。せめて、靴下……とか」
「あっ、そうですね! 履いてきます!」
さっき買ってきた物と、制服は脱衣所に置いてある。
私は靴下を急いで履いた。
新品の靴下はニーソだった。
ダボいスウェットワンピに絶対領域の女子高生が爆誕した。
私、バカなの?
==========
ちょっと照れながら食事。
向かい合って先生作のパスタを食べる。
サラダとスープ付き。至れり尽くせりだ。
やっぱり突然お泊まりする事になったカップルみたいだけど、違うんだ。
何度も言うが、ただの人質なんだよ、私。
「こうやって2人で食事するのも、久しぶりですね」
子供の頃、家が隣同士だった時はよく先生がご飯を作ってくれた。
先生の作るご飯はすごく美味しくて、大好きだった。
先生はとても器用な人だ。
先生が考えた物語を聞かせてもらうのが大好きだった。
「そういえば、私の作品は読んだことありますか?」
「っ!……無い、です」
むせた。本当はゲホゲホいって水飲みたいくらい吃驚したんだけど踏みとどまった。
むせた事、動揺した事はバレてないと思う。
「そう……残念」
え、本当に?
あの小説を、私に読ませたかったの?
実は読んだことあるよ、ちょっとだけ。
先生が賞を取った時、初めて本を書いてることを知った。
普段漫画くらいしか読まない私だけど、先生が書いたからって事で買ってみた。
どエロかった。
正直、そういう用語とか知らないから、よくわかんなかったけど、中学生が読むもんでは無い事はわかった。
途中まで読んだ本をそっと閉じて以来、彼の作品を読んだ事はない。
だから、そんな寂しそうな顔をしないでほしいです。
==========
「シャワーを浴びてきますから、大人しくしていて下さいね」
そう言って、先生はバスルームに消えた。
水の流れる音が聞こえる。
これは、チャンスかもしれない。
車のキーは玄関にある。
このまま靴も先生のを借りて、駐車場まで行けばいい。
鞄にはジャージも入ってる。大丈夫、いける。
私はバスルームのある廊下を通る。音を立てないように忍足だ。
靴箱の上に車のキー。家の鍵も付いているから、音が鳴らないようにそっと持ち上げた。
靴は、サンダルを借りよう。大きいけど、つま先奥まで足を突っ込めば、靴より歩きやすいと判断した。
心臓の音が耳にうるさい。
カチリ
ドアの鍵を開けて、そっとノブを押した……。
ピピピピピピピピピピピピ!!!
「えっ!?」
けたたましい音に、思わず車のキーを取り落とす。
扉の上、私の目線より高い位置に、防犯ブザーが貼り付けてあった。
謀られた!
バスルームからバタバタと音がする。
焦って車のキーに手を伸ばす。
薄暗い玄関。
湿った足音が近づく。
キーがうまく掴めない。
ブザーがうるさい。
キーを握り込んで立ち上がる。
頭上のブザーが静かになった。
「困りましたね。手荒な事はしたくないと言ったはずなんですが……ねぇ、明里」
恐い。
背中からバスタオルで身体を包み込まれる。
苦しい。
回された腕が強く締め付けてくる。
「仕方ないですね」
先生は喉の奥でクツクツと笑って言った。
全然仕方なさそうに聞こえない。
本日二度目のお姫様抱っこで、寝室へと運ばれた。
ベッドへ横たえられる。バスタオルぐるぐる巻きで、腕が動かせない。
恐い。
先生はさっきからとても楽しそうだ。眼鏡、あ、普段はコンタクトなんですね。
眼鏡の奥の瞳が、キラキラと輝いて見える。
背を向けて箪笥を漁る先生の姿に、私はそっと目を逸らした。
そうですよね、さっきまでシャワー浴びてたんですもんね。
せめてパンツくらいは履いて欲しかったなぁ。
バスタオルを剥ぎ取られ、両手を頭の上。ベッドのフレームへと固定された。
痛くはない、布の様な物で縛られてるみたいだ。ハンカチ、かな?
「ちょっ……やだ」
「まだ髪も洗ってないんです。今度こそ、大人しくしていて下さいね」
あ、バスタオルはベッドサイドに腰掛ける先生の膝の上です。
前を隠していただけるのは大変助かります。
先生の髪から滴る滴が、私の頬にあたる。
指先で唇をなぞられた。
「ねぇ明里。私の作品読んだ事ないのって、嘘でしょ」
先生は目を細めて笑った。
とても楽しそうで、恐い笑顔だとおもう。
そう言って、バスタオルを肩にかけ先生は寝室を出て行った。
いや、お尻隠そ?