You are beautiful.
私の名はオリビア。この家に雇われた使用人であり、グレース様の世話を任されています。
数年前、私は恥ずかしながら、グレース様のお姉様…アナベル様と、いわゆる恋仲になっておりました。
知的で、多彩な才能を持ち、誰にでも優しく、そして美しい容姿…特に私の石炭でも擦り付けたように黒く、泥水を浴びたようにしなりけの無いものとは真逆の、美しい髪の毛に惚れ、溺れてしまったのです。
同性で、しかも主従関係にあるというのに、私は彼女に愛の告白をしてしまいました。どんな風に断られるのかと覚悟していた私は意表を突かれました。自由な恋愛に興味があったと言う彼女は、快く私の告白を受け入れ、恋仲に発展したのです。今思えば、お互いに若気の至りだったのかもしれません。私も使用人という立場ではありますが、彼女と一歳しか離れていない十九歳だったので、その若さが魅せる荘厳な幻想に見事酔ってしまったのです。グレース様が私をお慕いになっているということに、薄々気づきながらも。
そんな私の夢現は、火事によって燃えてしまいました。火事で大切なものを失ったのはこれで二度目でした。
私は自殺をも考えました。全てを喪う覚悟で恋をした相手が、ちょっとした酸化反応に巻き込まれてその命を落としてしまったのですから。しかし、私は簡単に泣くことは出来ませんでした。私なんかよりも、長年連れ添ってきたご両親やグレース様の方がよっぽど涙を堪えているのだろうと思ったからです。私は家族を火事で急に喪ったことがあるので、それを誰よりも識っていました。しかし、四日ほど経った頃でしょうか。掃除の為に書斎に入った時に、私はあの日々を走馬灯のように思い出し、壊れるように泣き崩れてしまったのです。涙はマグマのように熱く、嗚咽は出血のように痛い。私はもう、このまま頭を床に打ち付けて死んでやろうかとすら思いました。しかし、そこで気がついたのです。そんな私の涙を見て、静かに涙を流す、グレース様の姿に。
それから、グレース様は本当に人が変わったような素行になりました。稽古は全て辞め、学問も自分の好きなものだけを独学で学び、気に入らない相手には挨拶もせず、パーティーには顔を出さず、ご両親に注意されても昼まで寝るのを辞めない。そんなグレース様の変わり様に、奥様は心配され、旦那様は腹を立てております。しかし私には、それが自分の心を守るための防御柵であるということがすぐにわかりました。グレース様は誰よりもアナベル様の死に悲しんでいたのにも関わらず、あれ以来私の事をずっと気遣って下さりました。それも私に気付かれないように。それでも私には、彼女がまるで自分の事のように私の痛みを感じ取っていたのがわかりました。それはきっと私だけでなく、全ての姉の死を悲しむ者にも少なからず向いていたように感じられました。彼女はそれほどまで、人を慈しむ事が出来る…いいえ、無視したくても慈しんでしまう、美しく繊細な心を持っていたのです。その彼女の髪にも似た繊細な心は、柵がなくてはきっと枯れ果て、萎みきってしまいます。だからこそ他人と距離を置いているのです。しかし、柵を設けてからも彼女の繊細な心は、他人の悲しみを何度も吸収し、傷付き続けています。それでも尚前を向いて生きる彼女に、そんな彼女の美しさに、私は何度も救われました。
だからこそ私は、「今生きる」誰よりも、グレース様を尊敬し、敬愛し、慕っているのです。しかし、私は彼女に自分の事も慕って欲しいとは思いません。きっと彼女が慕っていたのは今のようにか弱い私ではなく、もっと輝いている私であったはずですし、何よりも、これ以上彼女の繊細な心を傷付けたくないのです。だから触るのは、髪だけ。私が触って良いのは、髪だけなのです。