I'm not beautiful.
イギリスのとある街に住む、或る年代の、某貴族の娘。
「グレース様。まだ髪のセットが終わっておりません。」
グレースとはその娘…私の名前だ。そして無造作に椅子を立とうとした私の肩を捕らえ、髪のセットを再開した彼女は、メイドのオリビア。彼女は小さい頃に家族を亡くして以来、この家にメイドとして務めている。私が物心着く前から、身の回りの世話をしてくれていたのは彼女でもあった。十代後半になった今でも、それは変わっていない。
「グレース様は、私に髪を弄られるのが苦手なのですか?」
銀縁の眼鏡の奥に煌めく、ブラックスターサファイアのように黒々しく美しい瞳が、私の厭わし気な顔を覗く。まともに目を合わせたら、吸い込まれてしまうだろう。
「別にそんなことないわ。…あと顔が近い。」
すると彼女はどこか腑に落ちない様な表情をして、髪を触る手を止め、言う。
「しかし、グレース様は私に髪を触られると、すぐどこかに逃げてしまいます。気まぐれな猫のように。嫌でないなら、恥ずかしいのでしょうか?」
嫌でないと言うのは事実だし、恥ずかしいというのも理由の一つなのは確かだ。しかし、そんなに単純な話ではない。むしろ、私は彼女の単純な思考に驚いている。
「猫、ね。どこの猫かしら。」
こういう時はほとんど、私は敢えて場違いにも思える質問で返すのである。…悟られたくないのだ。悟られたら、何かが壊れてしまう気がして。
「ペルシャ猫のような、高貴な猫がお似合いかと。」
真顔で、至って真面目なトーンで、オリビアはそう述べた。揺れた彼女の髪…氷細工のように繊細で、墨汁のように強い黒色の、ラベンダーの香りがする…芸術的な美しさを持つオリビアの髪の毛の先端が、私の首を擽る。
「…お世辞はやめて。私のような生意気で汚い娘は、野良猫…それも黒いやつがお似合いよ。」
「グレース様が汚らしいのなら、綺麗とは一体何者に与えられる勲章なのでしょう。いいえ、神や天使、聖母以外にはおりませんでしょう。グレース様は知的で、他人を慈しむ心を持ち、アルプスのように透き通った目に、パンに挟んで食べてしまいたくなるほど美しい金色の髪をお持ちになっています。私はそんなグレース様を、一番にお慕いしております。」
「…そう。」
それは、「今、この世界で」の話でしょう、とは言わなかった。その先を口にするということは、この上なく野暮であり、彼女をも、私をも、あの人をも傷付けるものだと、私は識っているのだ。きっと、オリビアも…。