奴隷
海斗が目を開けるとそこは屋外のようだった。
さっきまで自分の部屋にいたはずなのに。
だが海斗には心当たりがあった。
「異世界、か…」
そう異世界だ。
「また来ちゃったわね…」
霧葉が不安そうな声をあげる。
「さて、今日は何しようか。」
話し合った結果、海斗たちはこの世界のことをあまり知らないと言うことで町を歩き回ることにした。
武器屋や道具屋など調べておいた方がこの先楽になるだろう。
そのあとで少しレベルあげ、というスケジュールだ。
だがそのスケジュールはすぐに終わりを告げるのであった。
『スキル[主人公補正]を使用しました』
「海斗…あれ…」
霧葉が袖を引っ張ってきた。
海斗が霧葉に視線を向けると霧葉が指を指していた。
指の方向に視線を向けるとそこには中年くらいの男三人と中学生くらいだろうか、一人の少女がいた。
別にそれには問題はなかった。
女性の方が回復魔法を使うのに優れているこの世界では、多数の男に一人の女、なんてパーティはよく見るのだ。
だが問題があったのは少女の立場にあった。
荷物の積まれた押し車を一人で引っ張っている。
男たちはその少女の前方でのうのうと喋っている。
少女の赤い髪には土がつき、服は所々に穴が空いた皮のような服だ。
二次元知識が豊富な海斗はすぐに理解した。
「奴隷…」
海斗には少女が奴隷にしか見えなかった。
だが確信がない。
そこで海斗は霧葉に声をかけた。
「霧葉、アナライズだ。あの子を見てくれ。」
霧葉のスキルであれば奴隷かどうかわかるかもしれない。
霧葉は首肯し空中を指でなぞった。
『スキル[アナライズ]を使用しました』
霧葉が少女を見つめる。
「間違いないわ、奴隷よ。」
それを聞き届けた海斗は少女に向かって歩き出した。
奴隷として扱われているこの少女の名は紅葉、名字はない。
紅葉は今日も奴隷としての役割を全うしていた。
大量に荷物の積まれた押し車を一人で引っ張る。
正直この歳の少女が引っ張るには重すぎる重量だ。
「あっ…!」
不意に石につまずき紅葉が地面に倒れる。
それに気付いた男たちが振り返りその中の一人が紅葉に歩みより手を差し伸べてくる。
「ありがとうございま…」
紅葉が男の手を取ろうとした途端、男が手を引き紅葉の手が風を切り、地面につく。
そして地面についた手を男が踏みつける。
「あぁ…!」
男たちはヘラヘラと笑い紅葉を見下す。
「ちゃんと仕事しろよ。」
そう言い紅葉の手の甲にかかとを擦り付けてくる。
「い…いた…い…」
紅葉の手の甲からは血が滲んでいる。
誰か助けて!
心の中でそう叫んだ。
誰も聞こえるはずもない、誰も来るはずがないのに。
「う…ぐすっ…」
涙が零れる。
「へっ!泣いてやがる!気持ち悪ぃ!」
男たちはヘラヘラ笑っている。
「おいお前ら、今すぐこの子を解放しろ。」
声が聞こえた。
いつもと違う声が。
紅葉が顔をあげるとそこには一人の少年が立っている。
「あぁ?てめぇ何言ってんだ?」
「性格だけじゃなく耳も腐ってんのか。救いようがねえな。」
少年が言うと男たちの目付きが鋭くなり少年を睨み付ける。
「ケンカ売ってんのかぁ?」
男が少年の首根っこを掴む。
「怒ったのか?沸点が低いな。」
少年が口の端をニィとあげる。
「てめぇ!」
男が殴りかかる。
『スキル[カウンター]を使用しました』
少年はそれを見事に交わすと男の腹に膝蹴りを入れた。
「ぐぉ…!」
男は腹を押さえて後ずさりする。
少年は剣を抜き、男の目の前につき出した。
「どうする?これ以上やるなら俺も本気だ。」
「ひぃ…!」
少年の目付きが鋭くなる。
男たちが尻尾まいて逃げていく。
男たちの姿が見えなくなるのを確認すると少年は剣をしまい紅葉の方に振り返った。
「立てるか?」
「あ、あの…」
少年は紅葉を起こし紅葉の足に視線を落とした。
「足もケガしてんな…よし。」
少年は思い付いたように背中を向けてきた。
「ぇ…?」
「乗れよ。まずはお前のケガを直すのが先だ。」
「…っ!?」
紅葉は目を見開き驚愕した。
自分にこんなことを言ってくれた人は初めてだった。
だがそれでも少し躊躇があった。
また奴隷として働かされるのではないか。
少年がそれに察したのか振り向き肩を掴んできた。
「大丈夫だ、お前はもう奴隷じゃない。俺がなんとかしてやる。」
紅葉の頬を涙が伝った。
この少年からは悪意が全く感じられなかった。
自分を助けてくれる人間がいることに、救われたと言う事実に涙した。
紅葉は少年の背中に乗り、すやすやと寝息をたてた。