〈灰色〉の世界(3)
渇ききった喉で声を上げる。絞り出した声は、言葉にすらなっていない、雄叫びのようなものだった。
救いなど、〈灰色〉は求めていなかった。助けを求めたところで、誰も助けてはくれなかった。助けてくれた者達でさえ、利己と偽りに満ちていた。
怒りが〈灰色〉を奮い立たせる。救いのない世界に、〈灰色〉は憎しみを抱いてはいなかった。あるのは、ただ、怒りだけだった。大切な人の手を取って逃げ出すこともできない自分への怒り、他者を傷つけることで己を正当化させようとする者達への怒り、そして、そんな生き方を選ばせる世界への怒りが、〈灰色〉と名乗る少女に、死を拒ませる。
誰も助けてくれないのは、皆、自分が生きることに必死だからだと、教えてくれた人がいた。他人の弱さを受け入れるように、寂しそうに笑う人だった。泣きたくなる日もあったのだろう、取り繕った笑顔の下には、涙の痕があったことを思い出す。
誰もが生きることに必死で、誰も助けてはくれない、それでも、手を差し伸べようとし続ける人を〈灰色〉は知っている。
誰も着けてくれないなら、守れるのは自分しかいない。〈灰色〉には、守らなければならない人がいる。
死ぬわけにはいかない、自分の為にではなく、守らなければならない人の為に。生きる為にではなく、死なない為の『死の否定』が、〈灰色〉の生を繋ぎとめる。
「もう戻るのね、おぞましい、おぞましい」
頭上から声が降りかかり、強い衝撃と激痛が背中を襲った。血が口の中に溢れ、息を詰まらせそうになる。自身の体がどうなっているのか、〈灰色〉にももうわからない。口の中に広がった鉄の味と痛み以外、何も感じなくなってしまった。
「どうして、こんなものが人間の中にいるのかしら? 人間といるのかしら? 人間のつもりでいるのかしら?
あなたみたいな醜い存在が、人間の中に混ざっていると思うとぞっとするわ。あの、美しいものを汚さないでくれるかしら?邪魔しないでくれるかしら? 目障りなのよ、目障りなの」
「……」
遠くなりつつある声が、何かを言っている。人間ではないと言うなら何者なのか、〈灰色〉には、答えを求める力も残っておらず、誰かの罵倒を聞き流すだけだった。
誰が何と言おうと、自分が何者であろうと、生きなければならないと、〈灰色〉は自分に言い聞かせる。死ぬわけにはいかないと己に誓う。いくら死を望まれようと、死を『否定』し続ける。
おぞましいと、醜いと言われようと、痛みの中でも、立ち上がらなければ、守らなければ、自分はその為に『生きている』のだから、力がなかろうと、歯を食いしばり続けなければならない。横たわってうずくまっていても、誰も自分達を救い出してはくれないことを、〈灰色〉は知っている。
自分が守らなければ、誰も助けてはくれない。声が聞こえる。嘆き悲しむ声が、怒りに満ちた声が。守らなければ――――誰を?
「〈灰色〉、無事か!」
突然、男の声が耳に届く。この場にはいないはずの人影に、〈灰色〉の頬に一筋の涙が伝い落ちた。




