〈灰色〉の世界(2)
「あぁ、気色悪い、気色悪い。早く死んでくれないかしら、早く消えてくれないかしら」
何度目かの意識浮上から、最初に〈灰色〉のもとに届いたのは、人ならざる者の不穏な声だった。その声が誰に向けられたものなのか、〈灰色〉にはわからない。
体は動かず、手足の感覚もない。視界もぼやけて、自分が何処にいるのかもわからない。鼻は、使い物にならなくなるほど、埃とカビと大量の腐臭に覆われてしまっている。今も巻き付いている『糸』だけが、人食いのバケモノの位置を伝えてくるが、立ち上がろうとする気力さえ残っていない。息をする度に襲う痛みが、かろうじて意識を繋ぎ止めているような状態では、どうすることもできない。
「手足をもいでも、まだ足りない。まだ足りない。体以外はいらないのに、体だけが欲しいのに、どうやったら消えるのかしら? どうやったら二度と動かなくなるかしら?」
死神の声が、頭の中で鳴り響く。死はすぐ傍にまで迫っている筈なのに、死への恐怖はまだ遠く、体は痛みからの解放を訴えかけてくる。早く楽になりたいと、心よりも先に、肉体が悲鳴を上げてくる。
このような状態で、どうして今も生きていられるのか、鈍くなった頭に疑問が湧く。朦朧とする意識の中で、バケモノの声は変わらず耳に届いているのに、止めの一撃がいつまでも来ない。生かされているとは思えない。
生きていることを実感すると、『死にたいのか?』と、内なる声が問いかけてきた。
〈灰色〉の答えは、否であった。
死にたくないわけではない。生きていたいわけでもない。息を吸い込もうと、呼吸をしようと、精一杯、体に力を入れる。
縋り付いたのは、生への渇望ではなく、己の弱さに対する後悔だった。守らなければならない人がいるはずなのに、惨めに横たわっている不甲斐ない自分が許せなかった。




