灰被りの魔法使い(5)
「おかしいわね、おかしいわ」
女は、一歩、また一歩と〈灰色〉の方へと向かって来た。
〈灰色〉も後ろに下がろうとしたが、その場から一歩も動くことができなかった。目も、女に釘付けとなり、己の意志で顔を背けることもできない。
「今度は頭を潰してみましょうか? 首をちぎってみましょうか? それとも、腹を引き裂いて、その気持ち悪い中身を引きずり出してみましょうか?」
女の両手と思わしき部位が、〈灰色〉の両頬を覆う。甘い匂いが、貼り付くように〈灰色〉の顔に広がり、熱の篭らない両手は、死人の手よりも、硬く冷たいものだった。
言葉とは裏腹に、女の目は、〈灰色〉を見てはいなかった。まるで、害虫を踏みつけるかの如く、目に入れたくもないものを無心で処理するかのように、〈灰色〉に向かって力が込められていく。
『死』が、己の体を押しつぶそうとしても、今の〈灰色〉には、抗う力はなかった。魔力で作り上げた『糸』が、女の体に絡みついていようと、その糸を操る気力が残っていない。
体に力が入らない。痛みを感じるよりも先に、意識が遠のいていく。
耳の奥で誰かの声が聞こえた気がした。大事な人の泣き声が、大切な人の泣く声が、いつものように胸を締めるける。
その中で、馴染み深い優しい声が、静かに怒りと悲しみに満ちた声を上げた。
「私は――する」