灰被りの魔法使い(3)
〈男〉は何かを知っているかもしれないが、問いかけることさえ、あからさまに避けられてしまった。
〈男〉にとって答えたくない、もしくは、〈灰色〉には聞かせたくないようなことがあるのかもしれない。
優しい人だと、〈灰色〉は思った。
〈男〉は、〈灰色〉のことも何も尋ねない。〈灰色〉の正体も、魔法使いのことについても、何一つ詮索しようとはしてこなかった。
単に〈灰色〉の素性に興味がないだけなのかもしれない。
例え、〈男〉は〈灰色〉に関心がなかったとしても、〈灰色〉にとって〈男〉の傍は居心地が良かった。
〈灰色〉のすることに、嫌な顔一つせず、見守ってくれていることも、〈灰色〉は気づいていた。
〈男〉の優しさを思い出すと、〈灰色〉は、先ほどとは違うぬくもりが、胸のあたりから、あたたかくなるのを感じる。
共にいて安心できる大人と出会ったのは、両親以外では、〈男〉が初めての人かもしれない。
〈男〉のことを思うだけで、〈灰色〉から笑みが零れる。村が魔法使い狩りに襲撃されてから今日まで、何の心配もなく心穏やかな日々を過ごせたのはいつぶりのことかと思うほど、満たされていることを実感する。
こんなにも幸せなはずなのに、どうしてか、〈灰色〉は、己の中に何かが足りないと、訴えかけてくるものがあるような気がしてならない。
何が足りないのかも、何がそのように訴えてくるのかもわからないのに、無視することもできない『何か』が、〈灰色〉の心を揺さぶってくる。
落ち着かない気持ちの悪さから、〈灰色〉は気を紛らわそうと、部屋を見回し、着替えの為に己の荷物を探した。
荷物自体は大した量があるわけではなく、〈灰色〉の手で、部屋の片隅にぽつんと小さく纏めたものが、変わらず同じ場所に置かれていた。
荷物の上には、上着が置かれていた。人形劇を子供達に見せる時に、いつも着ていた薄い上着だ。不格好な形に畳まれているのは、〈男〉が代わりに畳んでくれたからだろう。
それ以外は何も、おかしな所もないはずなのに、奇妙なことに、その上着が目に付いた。左右で、布地も、裾や袖の長さも幅も全て違う、縫い目も荒く、〈灰色〉が自分で縫ったとは思えないほど、不器用な仕上がりの上着。
どうして、そのような不格好なものを仕立て直すこともせず、わざわざ着ていたのか。
胸がざわつくのを感じ、〈灰色〉は寝台から立ち上がり、上着へと手を伸ばした。
だが、その指が、上着に触れる前に、外に張り巡らせた『糸』に何かが触れた。
生き物ではない『何者』かが。
まるで電流が流れたかのごとく、全身に警告が走る。
伸ばしかけた手で、上着ではなく、小さな鞄だけを引っ掴み、〈灰色〉を名乗る魔法使いは、窓を乗り越え外へと駆けだした。