灰被りの魔法使い(2)
目が覚めると、〈灰色〉は、己が屋内にいることに先ず驚いた。外に出ていたことは覚えているが、屋内に入った覚えはない。
そもそも、ここは何処なのかと、顔を横に向けると、一人の男と目があった。
男は椅子に腰かけ、目覚めたばかりの〈灰色〉の顔を見つめていた。目が合うと、〈男〉は、安心した顔で微かに微笑んできた。
「大丈夫か、〈灰色〉?」
労わるような優しい声と顔に、〈灰色〉の心臓が跳ね上がる。
恥ずかしさと戸惑いと、僅かな胸の高まりに、〈灰色〉の頭の中は真っ白になった。何を言われたのかも上手く飲み込めない。返答に行きつく余裕すらもなく、言葉にすらなってない間抜けな声ばかりが漏れ出てしまう。
そんな〈灰色〉を見ても、〈男〉は決して笑わなかった。真っ直ぐと〈灰色〉の様子を窺っていた。
「体は大丈夫か? 喉は乾いていないか?」
〈男〉は、用意していた水入れを手に取ると、空の器を〈灰色〉へと差し出した。〈灰色〉は器を受け取り、黙って水を注いでくれる〈男〉を見た。
〈男〉の真剣な眼差しに、〈灰色〉の鼓動は早まり、胸の奥からじわじわと熱が広がっていく。
これが、どういう感情か、〈灰色〉は知らない。煩いぐらいに鳴り響く鼓動も、今は気づかないふりをした。
「あの――」
「腹は減ってないか? 何か食べるものを買って来るが、食べたいものはあるか?」
「え――」
〈灰色〉の言葉を遮るように、〈男〉は水を注ぎ終えると、そそくさと立ち上がり、部屋を出ていった。
残された〈灰色〉は、注がれた水を口に運んだ。この地方の風習なのか、水の中には薬草が漬けられており、独特の匂いと味がする。薬草の効果なのか、冷やした水でもないのに、飲み口はスッキリとしていて、体の熱も引いていくように感じる。
鼓動も落ち着き、頭に上った熱も下がり、〈灰色〉の頭も、漸く目覚めた気がした。
どれぐらい眠っていたのか、どうして倒れてしまったのか、眠っている間に何が起きたのか、わからないこと、考えるべきことは山ほどあった。
しかし、どれも答えに至る糸口が見つからない。
倒れてしまう前のことを思い出そうとしても、覚えているのは、外に出たことまでで、外で何をして、何が起きたのかも、いくら記憶を遡っても、外にいた理由でさえ思い出せない。