灰被りの魔法使い(1)
最初は胸だった。
長い棒のような腕が己の右胸を貫いたのを〈灰色〉は、呆然と見つめていた。見つめることしか出来なかった。
痛みより先に、体の内側を熱が襲った。熱い血が、口まで流れ込み、溢れ出る。
何が起きたのかを理解するより早く、次の一撃が首を狙った。防ごうにも、腕は上がらなかった。体から、力が抜けて行くのを感じる。目の前が、真っ赤に染まる。
それが、己の血によるものだとは分からないほどに、〈灰色〉の意識は遠ざかっていた。
遠くから笑い声が聞こえた。とても楽しそうな、けれど、胸を掻き毟るような強烈な不快感を抱く声が。
初めて聞く声だったが、声に宿る不快さは、〈灰色〉はよく知っていた。
幼い頃に自分達を追い詰めた者達も、小さな体を何度も蹴り飛ばしながら笑っていた。
そして、「やめて」と泣き叫ぶ声が聞こえ、世界は真っ白になる。
真っ白になった世界に、誰かの泣き声だけが聞こえる。叫び声から、すすり泣く声に切り替わり、ずっと、誰かに何かを謝っている。
その声が耳に届く度に、〈灰色〉は、胸が締め付けられていくような気がした。痛みも失った筈の体の内側から、悲鳴が上がる。
泣いてほしくなかった。こんな一人ぼっちの世界に置いて置きたくはなかったと、胸の内から、必死な感情が込み上げてくる。
なのに、どうしてか、手を伸ばしたい筈の相手の姿が見えない。思い出せない。守りたかった筈なのに、一人にしたくはないのに、一人ぼっち江泣いている姿すらも、見えなくなってしまっている。
そんなこと、あってはならない。存在してはならない。『否定』する。『否定』する。全てを『否定』する。