死んだ少女(1)
男がバケモノ退治の話を聞いたのは、一週間ほど前だった。
金になる仕事があると持ちかけられて、行ってみたらバケモノを退治するから人を集めているとのことだった。
金が目当てで受けた仕事だったが、相手がバケモノだと聞いて少しだけ興味が湧いた。
バケモノとはいったいどのようなものなのか、それだけが知りたくて仕事を受けたのだが。
森に一歩、足を踏み入れた瞬間、吐き気がした。
血と狂ったように怯える声に、遠い記憶がよみがえる。
これもまたバケモノが、生み出した光景なのかと、思った頃に、そのバケモノは現れた。
血にまみれた森の中でバケモノは、子供の声で問いかけた。
『何故、自分を殺すのか?』
そう問いかける声は弱弱しく、とてもバケモノと呼ばれるものとは思えなかった。
目を開けて、ぼんやりとしか見えない目に、暗い天井が映った瞬間、男はほっと息をついた。
仕事柄、悪夢を見ることは多かったが、今日の夢は特に酷かった。詳しい内容は覚えていないが、とにかく嫌な夢だった。こうして寝台に横になっていても、跳ねる心臓はなかなか落ち着かなかった。いつ、部屋に戻ってきたのかも思い出せない。
手を伸ばし、濡れた額に触れた。寝ている間にずいぶんと汗をかいてしまったようだ。汗ではりついた前髪を掻き上げ、呼吸を整えると、喉に渇きを感じた。
何か飲み物を、それから汗で濡れた服を着替えよう。
いつものように体を起こそうと身じろぎしたところで、腕や足に刺すような痛みが走った。
またどこかケガをしたのか。記憶にないケガをすることも少なくはないから、傷自体には、そう驚きもしなかったが、痛む箇所に、服の上から不格好ながら布が巻かれていることに気付いて、男は眉を潜めた。
これはいったいどういうことだ。
もちろん、男には、自分で治療した記憶はない。寝ている間に誰かが治療してくれたのだとしたら、その誰かとはいったい何者なのだろうか。記憶を探っても心当たりは思いつかなかった。
今横になっているこの場所が、自分の部屋でも、宿でもないことは思い出したが、森の中でバケモノと対峙した後が思い出せない。あれからいったい何があったのだろうか。
男は警戒心を強めながらゆっくり体を起こし、辺りの気配を窺った。
人の気配はなかったが、暗い部屋に違和感を覚えた。まだ夜が明けてないにしても、暗すぎる。
人がいないからかもしれないが、光源になるものが枕元に角灯が一つというのも心もとなかった。光の光の届かない部屋の奥は、闇の中に放り込まれたように真っ暗で、静まり返っていて、何も見えず、部屋の不気味さを際立たせる。
足を下ろそうと体を動かせば、寝台がぎしりと音を立てた。
体の方は、多少、痛みはあるが、動けないほどではない。
立ち上がると、部屋の奥からはほんのりと酒の匂いがした。
男は酒を飲む方ではないから、これは、助けてくれた、この部屋の主が飲んだのだろうか。
何処かで、嗅いだことがあるような気もする匂いに、男は首を傾げた。その時、
「起きたか? 起きたのか?」
誰もいない部屋の奥から突然、声をかけられて、男は背筋が凍りついた。
子供の声、それも、どこかで聞いたことのある少女の声に、男は余計に驚いた。
ありえないことだった。この声の主は死んでいる。この手で確かに殺した筈だ。
肉を切った感触は、今でも覚えている。小さな体の崩れる音、あっけなく事切れた瞬間を、男は目の前で見た。
しかし、人の気配も感じなかった場所から現れた小さな影は、紛れもなく、死んだ少女のものだった。
ぼろ布のような服は真っ白なブラウスと黒いスカートに変わり、ぼさぼさだった金髪も櫛で梳かれていた。
そして、何よりも目を引いたのが、青かった瞳が紅に変わっていたことだった。