サンドラ(1)
「自分から首を突っ込もうなんて、いったいどういう了見だ? 『余計なこと』は考えなかったんじゃなかったのか?」
「らしくない」と言わんばかりに、サンドラは〈男〉の顔をじっと見つめた。先程まで上機嫌に作り笑顔を浮かべていても、己の益になるものをサンドラは見逃さない。どれだけ機嫌が良かろうと、悪かろうと、己に理があるか害があのかを、サンドラは目ざとく見つけだす。抜け目のない奴だと〈男〉は思う。
〈男〉は、返事の代わりに杯に注がれた水を飲み干したが、サンドラの視線は、〈男〉を射抜いたままだった。
裏口で迎え入れてくれた娼婦は、〈男〉をサンドラの『お気に入り』と言っていたが、サンドラは、〈男〉に興味があるわけではない。サンドラにとって〈男〉は都合のいい存在だから傍に置いているだけでしかない。都合が悪くなれば切り捨てる、サンドラはそういう女だ。
今の質問も、サンドラは〈男〉のことを気にしているわけではない。〈男〉を己の掌で躍らせ続けたいだけにしかすぎない。
胸の内を見抜かれないように、〈男〉も慎重に呼吸を整え、言葉を選んだ。
「……『本物のバケモノ』の話を、俺に先に持ちかけてきたのはお前だろ。俺はお前に、その事について聞きたいだけだ」
「ニコラス、お前、あの森で本物のバケモノとやらに会ったのか?」
サンドラ
の返答に、〈男〉は息を飲み込んだ。平静を装おうと杯を握り込んでいた手は、無意識に指を離していた。
サンドラは、まるで知人にでも会って来たのかと尋ねるような軽い口調で、「自分はお前の聞きたいことを知っているぞ」と言わんばかりに餌をちらつかせ、〈男〉の一挙一動をしっかりと観察している。〈男〉の動揺も、おそらくは、とっくに見透かされている。