灰色の少女(8)
『この世には存在しないもの』『世界から否定された存在』『魔力がなければ、この世に存在するだけで、何者にも影響を与えることのできない、靄のようなもの』
月の眷属について、以前、〈鳥〉が、そのように語っていたことが、不意に頭の中に甦る。
彼らは朝霧のようなもの、その時は、確にその場に存在することを感じていたのに、一度目を離せば、跡形もなく消えてしまう。彼女達が人間とは違う存在であることの意味を、今になって実感する。
「ニコラスさん、あなたが誰をお探しなのか知りませんが、あなたは、その方と会いたいのですか? 会って、どうするおつもりですか?」
「……」
〈灰色〉の問いかけに、〈男〉はその場で答えを出せなかった。〈彼女〉と再会して何ができるのか。今も、〈彼女〉が何を考えて一人になったのかもわからないのに、朝霧のように消えてしまった〈彼女〉に、手を伸ばし続けたいと思ってしまう。
「私の使命は、あなたを安全な人間社会に戻すことです。あなたが、人ならざる者との接触を企むのならば、私はそれを全力で阻止しなければなりません」
「……あいつはそこまでして、俺を引き離したいんだな」
溜め息をつくように〈男〉は呟いた。その声が、〈灰色〉の耳に、どう届いたのかはわからない。
急に、腰の辺りが軽くなり、先ほどまで〈男〉が身に着けていた筈のナイフが、いつの間にか〈灰色〉の手に握られていた。
「私は、あなたを安全な場所に届けなければなりません。その為には、例え再びあなたを傷つけることになろうとも、力づくであなたを止めさせていただきます」
「お前も、俺に『余計なことを考えるな』と言うのか?」
〈灰色〉は何も答えなかった。
しかし、人形のような瞳が〈男〉の問いかけを肯定していた。