灰色の少女(7)
〈灰色〉の語る『安全』は、〈男〉の望むものでもなければ、〈灰色〉が望んで言っているわけでもない。何処にあるのかもわからない幻想に、〈少女〉が何を求めているのか、判明するまで二人で〈彼女〉に振り回されるしかない。
空になった茶碗を手に、〈男〉は、大人しく指示を待つ〈灰色〉に目を向けた。
〈彼女〉や〈灰色〉にとって、『生きる』とは、どういうことなのだろうか。今更、何処に逃げろと言うのだろうか。
どんな訳ありの者も受け入れる町の中で、今も燻っている〈男〉には、他の地で生きることなど考えられない。〈男〉も、いずれ動けなくなったら、他の者達と同じように、道端の何処かで、小さくなって死ぬだけだろう。その時は――
「……〈灰色〉、甘味は好きか?」
「いえ、私は特には……」
「そうか」
〈男〉が唐突に話題を逸らすと、〈灰色〉は少しだけ戸惑った顔を見せ、〈男〉は何事もなかったかのように、己の内から漏れ出した戸惑いを誤魔化した。
死の先に求めた筈の何かが、〈男〉の中から消えていた。思い出そうとしたはずの〈彼女〉の言葉が、声が、姿が、靄がかかったかのように、曖昧にしか浮かばない。
〈彼女〉と共に過ごした時のことは覚えているのに、何を話したのかさえ思い出せない。大事なものが零れ落ちていく。手を伸ばした気でいたものが、全て夢であるかのように、己の内から消えていく。
「〈灰色〉、お前は向こうの町で俺と共にいた奴のことを覚えているか?」
「共にいた……? 私が広場でお見かけした限りでは、お一人でおられましたよ」
「……そうか」
町にいた間は、〈彼女〉は、〈男〉以外の人間には、己の姿を認識できないようにしていると言っていた。他の人間が〈彼女〉のことを知らないのも当然の反応だ。