灰色の少女(6)
「……生きたいのだな、お前は」
「生きたい……? いえ、私は――私は、どうして生きているんだ?」
「〈灰色〉?」
「私は何を……ねえ――」
〈灰色〉は何かを言いかけると、〈男〉を見ていた目を大きく見開いた。まるで何か、信じられないものを目の当たりにしたかのように、開いた口を閉じることもせず、呆然と〈男〉の方へと顔を向けていた。その目が何を見ているのか〈男〉には、わからない。ただ、〈灰色〉が、目の目前にいる自分ではなく、別の『誰か』もしくは『何か』を求めていることは明らかだ。
〈男〉は再び〈灰色〉に声をかけようかとしたが、〈灰色〉は蜜色の双眸を瞬かせ、急に深々と頭を下げてきた。
「すみません! 喋りすぎました!」
勢いのある謝罪の言葉に、今度は〈男〉が面食らった。〈灰色〉が誰に何を謝っているのか、〈男〉には見当もつかなかったからだ。顔を上げろと言うものの、〈灰色〉は何をどう思ったのか、無言で既に冷めきった昼食を口の中に懸命に放り込み始めた。
〈男〉も茶を飲み干すと、〈灰色〉に問いかけた。
「……お前は、これからどうする気だ?」
「どうする気とは、どういうことでしょうか?」
「俺を守ると言ったが、いつまで、どこまでついてくる気だ?」
「あなたの安全が確保されるまでです」
皿に残った最後の肉の一欠片を飲み込んで、〈灰色〉は〈男〉の目を見て真っ直ぐに答えた。〈男〉を守るのがまるで自分の使命であるかのように、先ほど見せた揺らぎも、何事もなかったように消え去っている。
〈男〉は溜息が洩れそうになるのを堪え、飲み込んだ。〈灰色〉が悪いわけではなく、彼女は今も操られているだけだと自分に言い聞かせなければ、嫌味の一つでも零さずにはいられないからだ。
〈男〉は、〈灰色〉のような小娘に、守られるほど弱くなったつもりはない。腹の傷が開こうと、見ず知らずの子供に守られる気は、〈男〉にはなかった。
〈灰色〉も、馴染のない町で、よく知りもしない男を守って生きていく必要など何処にもない。こんな茶番に、いつまで付き合わされるのか、苛立ちを内に隠し、〈男〉は〈灰色〉の言葉を受け入れた。