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陽だまりに月  作者: 長菊月
怪物と英雄と弱者と
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灰色の少女(2)

 外に出ると、照りつけるような強い日差しに、〈男〉は顔をしかめた。日はすっかり昇っていた。前髪を短く切られたおかげで、汗で前髪が貼り付くことはなくなったが、日差しの眩しさと見知らぬ誰かの視線が、直に刺さるようになったことは、〈男〉にとっては不快な事であった。

 〈男〉がこの町で暮らしていたのは、町の中央に位置する場所であった。

 この町は、貿易によって発展した町である為に、南西の港側ほど、商いを行いに訪れた者やそういった者達を相手する者が多く集まっており、〈男〉も何度か足を運んだことがあるが、常に華やかで賑やかな場所であった。

 対して中央には、仕事を求め集まって来た者や昔から暮らしている者が多く、比較的に生活に余裕のある者が暮らしている住宅街になっている。

 町全体が人の出入りが激しい一方で、長く留まる者も少なくはなく、お互いに見知った顔の者もいるだろうが、皆、余所者のようなものである。〈男〉も顔見知りと呼べる者はいるが、この町に住む者の多くは、近所の者であろうと、他人に干渉することはない。それ故に、〈男〉が長らく町を離れようと、戻ってこようと、気にして声をかけてくるような者はいなかった。

 市場も、港の方で開かれる市は、他所から来る者を相手にしている為に、店も屋台も他所者向きに整然としており、客も身なりの良いものばかりだが、中央の外れで開かれる市は、町に住む者達に向け、屋台も商品も人間もゴミも獣も、そこら中に雑多に置かれ、道に溢れかえっている。

 食べ物と生ごみと人と獣の匂いが入り混じる通りを〈男〉は、杖に着けた鈴を鳴らしながら、目的の場所まで歩いていた。左手には、屋台で買ったばかりの昼食を持ち、人の群れ、人の流れから逆らうように、〈男〉は市場の端へと進んで行った。整備された賑やかな方向ではなく、人影もまばらでゴミ屑の散乱する方向へ。

町の端、港の方とは反対の方向になる場所は、端に行くにつれて、貧しい者達の住処となっている。

 〈男〉の足は貧民街よりも手前のゴミ捨て場へと向かっていた。町の住人が不要となった物を置きに来るだけの場所だが、今は人だかりができるほどに人が集まっていた。集まった者の大半は年端もいかない幼子であった。まだ仕事を手伝えるような年ではないから、仕事中の大人達の邪魔にならないように、大人しくしていろと言いつけたれた子供達だ。

 以前なら、親の目の届くにいたであろう子供達が、こんな場所に集まっているのは、ガラクタの山に小さな舞台を用意した、一人の少女の影響だ。

 ガラクタの山の中で、綺麗に整えられた手製の舞台の上を、人形達が見えない糸に操られ動き出す。舞台の後ろから、草色に染めた布で顔を隠した少女が、継ぎ接ぎの服の長い袖を動かし語り始めると、子供達は目を輝かせ、少女の語る物語に聞き入っていた。

 少女が語るのは、何処か知らない遠くの土地に生まれた兄と妹の物語。呪いによってバケモノになってしまった妹を元に戻す為に、魔法使いを探す旅に出るというものだ。

 少女が二つの人形の上で手を動かせば、見えない糸に操られ人形が動く。〈男〉も何度か見てきたが、その都度、物語の内容は違うものだった。少女は人形を使い、集まった子供達に声をかけ、物語を進めていく。結末も決まってはいないようだが、締めは必ず二人の旅は続いていた。

 〈男〉は、彼らの物語を邪魔しないように、離れた場所で終わるのを待とうとしたが、その場に足を運んだだけで、いつも少女と目があってしまう。少女はいつも、〈男〉のことを気にする様子もないまま、物語を続けるが、終われば迷わず〈男〉の所に来る。

「おはようございます。体調はいかがですか?」

「あぁ、そちらも調子はよさそうだな〈灰色〉」

 〈灰色〉と呼ばれた少女は、顔を隠していた草色の布を上げ、くしゃりと子供らしく笑ってみせた。〈男〉よりも、彼女の顔の方が、暴行によって腫れ上がった痕が痛ましく残っているのだが、彼女は気にするような素振りも一切見せない。

 〈男〉が、先に買っていた昼食を紙袋ごと少女へと差し出すと、少女は無邪気に目を輝かせた。

「いつもありがとうございます」

 そう言って、少女は紙袋を受け取ると、顔の布を下ろし、今度は観客の子供達の所へと駆けていった。少女の持って行った紙袋の中には小麦粉を練って揚げた菓子が入っており、今度は菓子目当ての子供達が少女を取り囲んでいった。

 少女は菓子を一つずつ取り出しては、子供達へと分けて与えていった。いつも、自分は一つも食べずに、紙袋の中身が空になって漸く、少女は〈男〉の所へと戻ってくる。

 この、少女の行為は、〈男〉には理解し難いことだった。だが、戻って来た少女の笑みを見る度に、彼女にとっては大事な事なのだろうと思うようになった。貧しいものに施したい、そんな一方的な感情から来る行為とは思えないほど、嬉しそうな顔ををするのだ。まるで、同情や偽善よりも良きものを見つけたかのように、与えるだけで満足そうに笑うのだ。菓子代も、彼女の稼ぎから代わりに買ってきたものだから、文句を言うつもりもない。

 ただ、彼女が真に笑顔を向けるべき相手は、自分ではないことだけが、〈男〉には気がかりであった。

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