襲撃の夜(5)
「どういうことじゃ……」
突然、糸が切れたように膝から崩れ落ちた男に、少女は紅い双眸を瞬かせた。
自分は何もしていない。倒れた男の様子からして、月の眷属の力が効いてきたとも思えない。
考えられる理由としては、森に撒いた月の眷属の血が、毒として男の体を蝕んだか。
「死んだのか?」
少女は立ち上がり、倒れた男の顔を覗きこんだ。
目は閉じられ、息も切れ切れだったが、少女には、男が必死に生きようとしているように見えた。
もし、血が原因なら、このまま放っておけば、死ぬだろう。
少女は、再び腕の傷に噛みつき、血を口に含み、吐き出して、周囲の様子を確認した。
彼女の周りには、今度こそ死体以外の気配はなかったが、森の奥から獲物を探す人間達の声が聞こえてきた。後から来たからか、彼らにもまだ月の眷属の力は効いていないようだ。
命を得る為に命を懸ける、その矛盾に、彼らは疑問もわかないのだろうか。
南の方ではいまだに、人間同士が土地を取り合い、殺し合っていると聞く。
何十もの命と何百もの武器を犠牲にしてまで得た物に、はたしてどれほどの価値があるのだろうか。
今は血の影響を受けていない者も、いずれ、この森に足を踏みいれたことを後悔することになるだろう。
やがて、鳥の羽ばたく音と共に、先に死んだ連中とは違う叫び声が聞こえ始めた。
〈鳥〉が新鮮な血の匂いを嗅ぎつけてきたのだ。そのうち、こちらにもやってくる。
「さて、どうしたものか……」