二人の少女(4)
取り残された娘は、〈男〉達が追っていた仮面の娘とは別人なようだった。
この娘も、まだ十を過ぎたぐらいだろうか、見た目だけなら〈少女〉と大して変わらない年の子供のように見える。袖の長い継ぎ接ぎの服を着てうずくまっていて、娘と言われなければ、〈男〉には、性別もわからなかったかもしれない。暴行を受けたのだろうか、上着は、所々、土埃で汚れて、袖の部分も片方が外れそうになっていた。
大人達に責められ、うずくまって、逃げ出すこともできないような子供に、人間の首を落とすような者の相手などできるだろうかと、〈男〉は小さく溜息をついた。
「どうするんだ?」
「この娘を」と、〈男〉はうずくまった少女を顎で指した。何か考えがあって、この娘だけ残したのだろう、その理由が聞きたかった。
ところが、〈少女〉は〈男〉に見向きもせず、少女に「立て」と声をかけた。
少女が立ち上がると草色の布が、少女の足元に落ちた。顔を上げた少女も目も、他の者と同じように、ぼんやりと空を見ていた。
「そなたは、この遺体について、どこまで調べたのじゃ?」
「まだ何も……。調べてはいるのですが、手掛かりは何も掴めておりません」
少女が思いの外、しっかりとした返答をしてきたことに、〈男〉は驚いたが、〈少女〉は結果だけ聞くと、考え込むように俯いた。
先程から、〈彼女〉が何を考えているのか、〈男〉には一切わからない。〈彼女〉には、何か思うことがあるのだろうが、〈男〉の目には何も映ってはいない。
「あの娘をどうするんだ?」
〈男〉が尋ねると、〈少女〉は漸く顔を上げ、〈男〉の顔を見た。どの娘のことかわかったのだろうか、紅の双眸が冷たく突き刺さる。
「やめておけ。あの娘が本物であるならば、そなたの手に負える者ではない。下手に手を出せば、あれは、我らより恐ろしい怪物になろうぞ」
〈少女〉は、淡々と〈男〉に告げたが、〈男〉には〈彼女〉の言葉の意味がわからなかった。
逃げた仮面の少女は、〈男〉の目には、そこに立つ少女と同じ、ただの子供にしか見えなかった。それを何故、月の眷属である〈彼女〉が手を出すなと言うのか、〈男〉には納得がいかなかった。
不満を顔に出した〈少女〉は更に言い放った。
「一つ忠告しておこう。今のうちに、その娘を連れて、この町を出ろ」
「町を出ろ? 急に何を言い出すんだ」
「『あれ』がこの町を己の縄張りにする気ならば、この町ごと書き換えられるやもしれぬ」
「さっきから何を――」
〈男〉は反論しようとした。だが、〈男〉の言葉を遮るように、突如、腹部に、強烈な痛みと熱が発生した。以前、〈彼女〉に手当された傷が、唐突に痛みを発し始めたのだ。
〈男〉の体には、傷を抑え込むように、虚ろな目をした少女が、手にナイフを持って抱き着いてきていた。近づかれていたことにさえ気づかなかった。
傷口を開かれた。不意を突かれた痛みに、体に力を入れることもできない。肺に空気が行き届かず、声を上げることさえ出来ないのに、視界はどんどん狭まり、意識は今にも飛びそうだ。
「頼むからこの町から離れてくれ。今の『私』がそなたにできるのは、これだけなのじゃ……どうか頼む」
暗闇の中、聞こえた震える声に、〈男〉は必死に手を伸ばした。けれど、その手が〈彼女〉に届くことはなかった。