二人の少女(2)
「これは……」
叫び声聞こえた場所まで向かって行くと、そこには少女の姿はなかった。
代わりにあったのは、首の落とされた、若い女の遺体だった。
遺体は、痩せこけた貧相な体をしているわりには、この町の者にしては派手な、胸元の大きく開いた娼婦達が着るような服を着て、首から上だけが見事に切り離されていた。妙なことに、首から下は刃物で切られ、切断面には血の一滴も残っていないのに、外された頭の方には、首を捩じ切られたような、捻った跡が血と共に残っていた。
どれほどの力を用いれば、このようなことができるのか、考えても〈男〉には想像がつかない。
仮面の少女が叫んだのは、この遺体を見つけたからだろうか。それにしても、少女の姿は何処にもなかった。
「ふむ……」
「何かあるのか?」
〈少女〉は仮面の少女を追う気はないのだろう。真面目な顔で遺体の状態を覗き込んでは、何か考えがあるように見えた。
「何も。じゃが、あの娘に見事に嵌められたようじゃな。この場に人間が集まって来よるぞ」
〈少女〉の言葉に、〈男〉は慌てて〈少女〉を抱えて物陰に隠れた。誰かに見られたら、真っ先に自分が疑われてしまう。
〈少女〉の体は相変わらず、見た目よりも軽く、抱えた実感も湧かない。この手に抱えている筈なのに、まるで〈彼女〉には、触れられないような不安定な感触だけが腕の中に残る。
「わざわざ隠れずとも――」
〈少女〉が何か言おうとして、〈男〉は〈少女〉の口を塞いだ。黙れと言わずともわかるだろう。
ほどなくして、〈男〉にも感じ取れるほどに人の気配が近づいてきた。思っていたよりも騒がしく、数も多い。見つからずやり過ごす為に、いつも以上に慎重に気配を殺した。
「おい、まただ」
「今度は女か……」
「あのガキは何をしていたんだ? 役立たずは、さっさと送り返せ!」
「これも全て余所者が余計なことをしたからだ! あの森に手を出したのが間違いだったんだ!」
「あのガキを呼べ! 引きずってでも連れてこい!」
男達の怒声が飛び交う。遺体を前にして言い合う内容に、〈男〉は僅かな違和感を抱いた。
「おい、連れてきたぞ!」
「高い金を払わせてきたわりには大したことないな」
「どうにかするんじゃなかったのかよ!」
「いつになったら安心して暮らせるようになるんだ!」
「お前達の所為だ!」「極潰しが!」「無能が!」
「自分達が何をやったかわかっているのか! お前達の所為で死んだんだぞ! 責任を取れ! 責任を!」
「お前が代わりに死ねばよかったんだ!」「死んで詫びろ!」「死ね!」
集まった者達は、皆、口々に、何者かを責めている。殺した者に怒りをぶつけるわけでもなく、殺された者を悲しむわけでもなく、この場に連れてきた『誰か』に、自分達の思いを喚き散らかしている。
どいつもこいつも、まるで、殺人が起きることをわかっていたかのようだ。責められている者の声は、周りの声にかき消され、〈男〉の耳には届いてこない。
「『やめよ』」
〈少女〉の凛とした声が聞こえた瞬間、〈男〉の腕から、〈少女〉の姿がするりと消えていた。抜けだされる気配は感じなかった。直ぐに集まった者達の方へと顔を向ければ、彼らの中に〈少女〉はいた。
「おい――」
「来るな!」
〈男〉が声をかけようとすると、少女の鋭い声が遮った。紅の双眸に睨みつけられ、〈男〉も思わず怯んでしまった。
集まった者達も、〈少女〉の声が聞こえた途端に、喋るのを止め、振り上げた拳を力なく下ろしていた。
皆、突然、姿を現した〈少女〉に驚いてあっけにとられてしまったわけではない。その場にいた誰一人、〈少女〉へと目を向けておらず、生気のない顔で宙を見ている。〈男〉の目にも明らかに異様な光景であった。