怪物と魔法使いの話(9)
「そちらの方、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
不意を突くように、知らない子供の声が聞こえた。少女の声のように聞こえたが、声の方を見て〈男〉は己の目を疑った。
黒髪の少女と思わしき子供は、木製と思わしき黒い面を被っていた。目が冴えるような赤い外套のフードを被り、目元は仮面で隠され、顔の半分も見えない。まるで真っ赤な影のようだ。人形を操っていた芸人と比べても、異様な姿に、〈男〉も眉をひそめた。
「……心配して声をかけてもらったところ悪いが、お前は何者だ?」
「あ、いえ、私は、あの、怪しい者などではなく……」
「そなた、予が見えているな?」
少女が口ごもり俯きそうになっていると、〈男〉の隣から、鋭い声が発せられた。
月の眷属である〈彼女〉が、人間の小娘一人に何を警戒しているのか、〈男〉にはわからなかったが、〈彼女〉の言葉で一瞬にして空気が変わったのは感じ取れた。ひりつくような空気が、隣にいるだけの〈男〉にも伝わってくる。
〈彼女〉の紅い目が、少女を逃がさぬように捕らえ、仮面の少女もたじろいだ。
「あなたは、もしかして、森に住む――」
『森に住む』その一言に、〈男〉も流石に気付いた。〈彼女〉の紅い目は、正体がばれないように、月の眷属の力で見えないようにしていた筈だ。
〈男〉が腰のナイフに手をかけようとした瞬間、〈少女〉が腕を薙ぎ払った。
赤い血が、〈男〉の目の前で飛び散り弾ける。その一滴が仮面の少女に襲いかからうとしていたが、血は、少女に届く前に、突然、跡形もなく消え失せた。、
「あっ……」
「何じゃと!」
「その力は、、まさか……」
二人の少女の声が重なり、〈鳥〉が唸り声を上げた。〈男〉だけが何が起きたのかがわからず、呆然と仮面の少女に目を向けることしか出来なかった。
「『動くな!』」
〈少女〉の声が更に低く鋭く貫き、仮面の少女は後ずさった。今、この少女の目には、〈彼女〉のことが、どれほど恐ろしいものに見えているのだろうか。仮面の向こうで、怯える少女の姿が見えた気がした。
「お前は……」
〈男〉が声をかけようとすると、仮面の少女は、背を向け、一目散に駆け出した。
「あ、おい!」
「逃げるな」と言いかけたが、〈男〉には、彼女を引き留める術はなかった。
「追いかけるぞ!」
そう言って、〈男〉は〈少女〉の腕を引いた。このまま一人で残すのは危険だと判断したからだった。
しかし、〈少女〉は腰かけたまま、立ち上がろうとはしなかった。
「追いかけてどうする気じゃ? あの娘には予の力は効かぬぞ。口封じの為に殺す気か?」
〈少女〉はまるで〈男〉の心を見透かしたように、「そうするだろ」と問いかけた。
〈男〉は何も答えられなかった。追いかけて、どうするかなど考えてはいなかった。
けれど、もし、あの仮面の少女が、〈彼女〉に危害を加えるようなら、〈男〉も、自分が何をしだすかはわからない。そんなこと考えたくもなかった。
「ですが、吸血種様、あの娘は……」
「うむ。予も、追いかけるのは賛成じゃ。〈鳥〉よ、そなたが何を知っているのかは知らぬが、あの娘をこのまま見逃すわけにはいかぬ」