怪物と魔法使いの話(5)
少女の声から語られるのは、〈男〉は聞いたこともない物語であった。
怪物と魔法使いの少年の二人旅の物語、少年がバケモノになった妹を元に戻す旅に出ているようだった。〈男〉は途中から話を聞いたからか、この話にどういった意味があるのか、一切わからなかった。
「おい、あの話に何が――」
「あれは、始祖の話ですね、吸血種様」
どこからともなく聞き覚えのある男の声が聞こえてきたと思ったら、黒い影が〈男〉の頭上に降り立った。前と変わらず、何かがいる気配はあっても、肝心の、その『何か』の存在を感じない。そこに『いる』筈が『いない』ようにも思えてしまう。
空は、雲に覆われて、町全体が日陰のようになっている場所だが、森の木々のように陽の光を遮るものは少ない。
「……お前達、月の眷属は、太陽で焼け死ぬと聞いていたが、あれは流言か?」
「いいや、予が特別なだけで、他の吸血種なら、この程度の光でも焼け死ぬ。
そやつら獣種は、魔力が少なく、肉の壁によってその身を守ることが出来るから、昼間でもこのように外を出歩けるのじゃ。ただし、その辺の鳥よりひ弱じゃからな、あまり虐めてやるではないぞ」
〈少女〉がからかうように〈鳥〉を見上げれば、〈男〉には、〈鳥〉の溜め息が聞こえた気がした。〈男〉には、〈少女〉の説明ではわからなかったが、〈鳥〉は人間に、弱みを握らせたくなどなかったのだろう。
「ところで、先程言っていた『始祖』とは何だ?」
〈男〉から助け船を出す気はなかったが、気になることもあり、話を逸らした。
〈少女〉が『あの物語』を指し示したのも、その『始祖』とやらが関わっているからだろう。〈少女〉も紅い目を輝かせ、〈男〉に正解を引き当てたと告げている。
「あれは、我らと魔法使いの始祖の話だ」
「お前達と魔法使いの始祖? お前達、月の眷属が魔法使いとどういう関わりがあるんだ?」
尋ねてから〈男〉は、自分が魔法使いについて詳しく知らないことに気付いた。
〈男〉が以前いた町には、魔法使いはおらず、海の向こうには、魔法使いと名乗る呪い師のような者達がいて、迫害を受けえているという噂を聞いたことがあるぐらいの知識しかない。実際に、魔法使いと名乗る者には、会ったことも見たこともなく、自分達のことを特別な力を持つと思い込んだ、信仰的な変わり者集団という風にしか、〈男〉は考えていなかった。
「一つ、聞いてもいいか? 魔法使いと名乗る連中も、お前達と同じバケモノなのか?」
「いいや、魔法使いも、そなたらと同じ人間じゃ」
〈男〉の問いかけに、〈少女〉は呆れるような目で〈男〉を見返した。彼女達からすれば、魔法使いが人間であることは当たり前の話なのだろう。町に入った時も、〈彼女〉は、魔法使いの施した仕掛けを何の効果もないと言っていた。