怪物と魔法使いの話(4)
「……お前は、死ぬことが恐ろしくはないのか」
「恐ろしくないかと尋ねられたら……恐ろしいものなのであろうな。
しかし、今の『私』には、死ぬことよりも、己が欲を制御できず、全てを喰らい尽くす方が恐ろしい。次に暴走してしまえば……どれだけ喰らうか、予にもわからぬ」
「……」
「そなたが殺してくれるなら、〈私〉の願いも叶ったのかもしれないが、こちらも殺せと無理強いするつもりはない。そなたが死ぬまで、予の命の期限が伸びただけじゃ。大したことではない」
己の内を語る〈少女〉の横顔は、真っ直ぐに前を向いていた。〈男〉とは目合わさず、自嘲気味な微笑みを浮かべる。人ならざる者の美しさか、〈男〉には、〈彼女〉のことが眩しくも見えた。
「そんな風に思うなら……お前は何故、月の眷属になどなったんだ」
月の眷属は、他の生き物が月の眷属の血を取り込ませることで仲間を増やす。生き物のように交配して種を増やすことはできず、他の生き物を取り込むことでしか増えない。月の眷属の血が不老不死の妙薬と言われるのも、血を与えられたものが、月の眷属になるからだ。
つまりは、月の眷属の者達は、かつては生き物であったということでもある。〈彼女〉も……以前は人間だったのだろう。〈彼女〉が月の眷属となった背景を〈男〉は知らないが、月の眷属として生きることを決めたのなら、それなりの覚悟もあったであろう。他者の命を奪って生きていくことなど、月の眷属にとっては当たり前のことで、それでも生きたいと願った筈だ。
それなのに、何故、〈彼女〉は、他の命を守らんが為に、己の死を受け入れるのか、〈男〉には理解し難いものであった。
「何故……ふむ、難しい事を聞くな。それは予にもわからぬことじゃ。ウォルトは知っておったじゃろうが、聞いたことはないな」
「わからない? お前が望んでなったわけじゃないのか?」
「己が望んだのか……そんなこと、考えたこともなかったな。我らは、生まれた時よりバケモノであった。月の眷属と呼ばれるバケモノに生まれ変わったと言うべきか……」
「どういうことだ?」
小首を傾げる〈少女〉に、〈男〉も首を傾げそうになる。
〈少女〉も〈男〉の顔を見つめ、首を捻って答えた。
「そなたが考えるように、我らは、そなたら、生き物のように、赤子から育ったものではない。他の生き物から、月の眷属と呼ばれる存在に成り変わったものじゃ。月の眷属になる前のことは、予も知らぬ。我らはそういうものじゃ。それこそ、あの物語のようにな」
〈少女〉は、何かを促すように、前方を顎で指す。
〈男〉も、目線の先に顔を向けると、広場の端で、子供が一人、踊っていた。男なのか、女なのかは、〈男〉の『目』では判断がつかない。小柄というだけで、声を聞かなければ、本当に子供かもわからなかった。手元が隠すほど袖の長い継ぎ接ぎの服は、左右の形も違って見える。顔は草色の布で隠しているが、ハキハキとした少女の声が聞こえる。少女が躍るように手を振る度に、少女の前にあった人形が動く。人形は少女よりもよっぽどきちんとした身なりをして、己の役割を示しているようだ。