怪物と魔法使いの話(3)
「これでも後悔はしておるのじゃぞ。死のうとする度に別の者達が犠牲になるのじゃからな、予が浅はかであった」
月の眷属に仲間意識はなく、恨まれることはなかったが、同族にまで怯えられる存在となってしまったことには、〈彼女〉自身も恐怖を感じたらしい。たとえ、人里を離れても、同族から疎まれ、行く当てもなく、方々をさ迷い生きてきた。誰にも関わらず、いつかこの世界から、自分の存在が消えることだけを望んでいたそうだ。
「消えたいと願っていたわりには、ずいぶんと殺したな」
〈男〉は、森で起きたことを思い出し、眉をひそめた。森に足を踏み入れた者達が辿った悲惨な末路を思い出せば、誰にも関わらず消えてしまいたかったなどと言われても、納得のいくものではない。
「予は降りかかる火の粉を払っただけじゃぞ」
〈少女〉は、わざとらしく底意地の悪い笑みを〈男〉に向けた。自分が人間からどう思われているのか、彼女はわかっているのだろう。悪びれる様子もなければ、開き直る気もないのだろう。まるで望まれた対応をしているだけで、中身のない演技のようであった。
「予は、己が死ぬ時には、血の一滴も残しとうはないのじゃ。あやつらは、予の命ではなく、血を狙うてきた。だから、殺した。それだけじゃよ。。あ奴らが、何の為に予の血を求めてきたのかなど、予の知ることではない」
「お前は……自分の生きた証や存在を残したいとは思わないのか?」
「思わぬな。予は、殺されるならば、己の存在を一欠けらでも残すことは許さぬ」
〈少女〉は、平然と語りながら、笑うような、引き攣ったような、曖昧な表情を浮かべた。
〈男〉には、〈彼女〉の気持ちを推し量ることはできない。語られる言葉をただ聞くことしか出来ない。
〈彼女〉が何を思って死を望むのか、問いかければ、『余計なもの』を見てしまうのではないだろうか。迷いのような雑念が、胸を巣食う。
「所詮、予は、命を奪うだけで、何も生み出さぬバケモノじゃ。この命、一欠けらでも残せば、再び多くの者を喰らい甦るであろう。我らは、そなたら生き物とは違う。よく覚えておけ。我らを殺したいと、この世から消し去らんと思うならば、一つ残さず全てを焼き尽くすのじゃぞ」
聞けば聞くほどに、〈彼女〉の声には、迷いは感じられなかった。後悔や絶望からではなく、それが正しいことだと言わんばかりに、心から、己の死を望んでいるようにさえ見える。