怪物と魔法使いの話(2)
屋敷に火を放ったのは人間だろうと〈彼女〉は語った。
彼女を月の眷属にした吸血種の男は、月の眷属の中でも一際変わり者で、人間の生み出す物を積極的に集め、人間と関わりを持った結果、人間に正体がばれたのだろう。地下に篭っていた〈彼女〉が気づいた時には既に、辺り一面火の海となっていたそうだ。
昼間のことで、外に逃げることもできなかった。〈彼女〉は地下に戻ろうとしたが、男が〈彼女〉を呼び止めた。
男が血を差し出したのは、〈彼女〉を生かしたかったからだろう。燃え盛る屋敷の中で、男は自らの首を切り、〈彼女〉に血を差し出した。
拒むことはできなかった。
けれど、それは、生き延びたかったわけでも、男が差し出してくれたからでもなく、ただただ、目の前の血の美しさに、魔力の輝きに、抗うことのできないほどの魅力を感じてしまったからだった。
〈彼女〉が再び、己の意志を取り戻した時には、屋敷は全焼していて、近くの町から人の気配が消えていたそうだ。陽の光を避けながら、町中を探し回ったが、生きている人間は一人もおらず、残っていたのは全身を切り刻んで死んだ遺体ばかり。女も子供も年寄りも、関係なく、皆、同じように死んでいた。血は、ほとんど残っていなかった。
自分がしたことは、〈彼女〉もほどなく理解して、死にたくなったらしい。欲に負けて多くの命を食らった。人間と月の眷属のそれぞれの領域を無残に荒し、汚し、境界を壊した。愚かな行為であったと言う。
何度か、自ら死のうとも試みてみたが、そうしたことで、更なる犠牲者が増えてしまった。誰も殺す気などなかったなどと、言い訳にもならないほど、気づかぬうちに殺してしまっていた。
憶えているのは、死ぬと決めて、死を覚悟したところまでで、生存本能のようなものが、無意識に働いたのか、気が付いた時には、以前と同じように、死体だけの見知らぬ町にいたそうだ。
人里から、遠く離れた土地に行こうが同じことだった。回を重ねる毎に、血に対する欲求は高まり、被害も大きくなっていった。ついには、魔力を求め、同族である月の眷属までも襲うようになってしまっていたらしい。
「それで、つけられたあだ名が『同族喰らいの大食らい』我々が、同族に呼び名を着けるなど、滅多にないことなのだがな。予は、やりすぎてしまったようじゃった。『私』自身の記憶はないのだがな……食らった感覚は確かに残っていた」
いつの間にか、陽に当たっても平気になっていた。痛みや苦しみがなくなったわけではないが、真夏の太陽の光を浴びても、消滅することのないほどの魔力を得てしまったのだ。