ぬくもりと傷痕(8)
「予は、他の者よりも魔力が多いことは〈鳥〉から聞いておるな」
「あぁ、恐ろしいほどのものだと聞いている」
「じゃが、予がそのそれほどの魔力を持つ理由は聞いておらんな」
「そこまでは聞いてない」
〈男〉が素直に答えると、〈少女〉は〈男〉の目を見て、おもむろに答えた。
「予は、同族の者から、同族喰らいの大食らいと呼ばれておる。意味はそのままじゃ、『私』は、『私』を吸血種にした男を食らったことで、他の月の眷属より多くの魔力を保持するようになったのじゃ」
「お前を吸血種にした男を……」
「そうじゃ、そなたが今着ている服の持ち主だった男じゃ」
〈少女〉は〈男〉の着ている服を顎で指した。〈男〉が着ているのは、〈少女〉がどこからか用意した服で、衣服の良し悪しのわからない〈男〉にも上等なものだと感じるような品だ。
〈男〉も、〈少女〉が、何故、男の服を持っていたのかと疑問には思っていたが、わざわざ尋ねる気にもならなかった。無駄を嫌う〈彼女〉が残していたのには、何か理由があるのだろうとは思っていたが。
「何故、食ったのか、聞いてもいいか?」
「つまらぬ話じゃ、差し出された血を拒むことが出来なかった、それだけじゃよ」
〈少女〉は乾いた声で、心底つまらなさそうに答えた。恨みも憎しみもないのだろう。寂しさだけが、〈男〉の胸に吹き込んだ。
ただそれだけではないだろう。血を与えられただけの関係ならば、服を残すようなことはしなかっただろう。どれだけ埃にまみれても、捨てられない気持ちは、〈男〉にもわかる。
〈男〉は〈少女〉に手を伸ばした。自分に何ができるのか、考えてもわからないが、今は彼女の小さな手を握ってやりたかった。
「血が欲しいと思ったら、遠慮なく言え。殺す気がないなら、加減もできるだろ」
〈男〉の言葉に〈少女〉は大きな目を見開いた後、苦虫を噛み潰すように唇を噛んだ。
「そのようなことを簡単に申すな。予は、己の欲を満たす為に、いくつもの町を滅ぼし、大勢の人間を殺してきたのじゃぞ。久方ぶりの血に、己を制御することもできなくなったら、間違いなくそなたを殺しにかかるぞ」
「お前が俺を殺そうとするその時は、俺も全力でお前を止める。だから、お前も最後まで足掻け」
「予に、生きろと言うのか? そなたの血を奪っても、それでもなお、生きろというのか?」
「あぁ、そうだ。お前が生きたいと思う限りは生きろ。俺が代わりにお前の欲を満たしてやる」
「……予は死にたいのじゃぞ。死んで終わりたいもじゃぞ」
「死にたいなら、俺を手放せ。俺はお前を殺す気はない」
「……」
〈彼女〉にとって生きることがどれほど残酷なことであっても、〈男〉は〈彼女〉の手を離す気にはなれなかった。これから先、何度、陽の光の下に出ようとも、その度に〈男〉は〈彼女〉の手を引くだろう。殺したくないと思った、死んで欲しくないと思った、この世界が〈彼女〉の存在を許さなくても、〈男〉は〈彼女〉の存在に救われた。〈彼女〉が、今、存在するからこそ、〈男〉は今も生きていられる。〈彼女〉と出会わなければ、〈男〉は今も他の月の眷属を殺しに行っていただろう。命の恩人である〈彼女〉を〈男〉は殺したくはなかった。