ぬくもりと傷痕(6)
「……〈鳥〉から話は聞いたであろう? 我々が人間の血肉を求めるのは、魔力を得る為じゃ。生きる為ではない」
「世界に影響を与える為と聞いたが、その『世界』といのも何だ?」
「世界は世界じゃ。この世界のことじゃ。我々は、この世界に望まれずに生まれてきた存在故に、この世界に存在を認めて貰えぬのじゃ。幽霊などよりも儚い存在と言えるじゃろう」
〈少女〉の話に〈男〉は首を傾げた。この世界に望まれずに生まれてきた存在、世界が存在を認めて貰えない、〈少女〉の話では、まるでこの世界に意志があるようにも聞こえてくる。
「我々は、本来ならばこの世には存在しないもの。この世に存在を示す為には、特別な力が必要なのじゃ。それが魔力というわけじゃな」
「どういう理屈かは知らないが、魔力があればお前達は存在できるということだな。それなら、生きる為に魔力を求めていると言っても過言ではないんじゃないか?」
「確かに、魔力を己が存在する分だけ求めたなら、生きる為と言ってもいいじゃろうな。
だがな、我々はよほど追い詰められぬ限りは、生きる為に人間を襲ったりはせぬ。存在する為の魔力ならば、月に照らされ得られる魔力だけで十分じゃからな」
「人間を襲う必要はないということか」
「存在するだけならな」
含みを持った言い方に、〈男〉は眉を寄せた。〈少女〉の顔には意地の悪い笑みが浮かんでいるように見えた。
「人間が娯楽を求めるのと同じじゃ。我々にとっては血よりも魅力的なものはない」
「お前達にとっては人間を殺すことが最高の娯楽ということか?」
「……細かく言えば違うが、人間からしてみれば、似たようなものであろうな。
我々は、生き物の持つ魔力よりも美しく、胸を焦がすものを知らぬのじゃ」
〈少女〉は紅の双眸を〈男〉から離し、広場に遊びに来たと思われる幼子達の方へと向けた。その目に、小さな命はどう映っているのか〈男〉には推し量ることもできない。
ただ、獲物を捕らえるような力強さは、〈男〉には感じられなかった。光はなく、心もない、空っぽの表情で目も向けている。
「お前にはあれがどう見えているんだ?」
〈男〉が尋ねると、〈少女〉は困ったように微笑んだ。
「命じゃのう……。人間の個体など我々には関係のないものじゃからのう。どれもこれも全て同じじゃ。命の、魔力の輝きしか見えぬ」
「そのわりには浮かないようだが」
「欲しくても手に入らぬなら、喜びようもなかろう?」
「……」
〈少女〉の、彼ら月の眷属の心境は、いくら話をきいても、人間である〈男〉には理解できそうにもないものだった。
〈男〉は、紅い瞳が輝くのを何度か見たことはあった。だけど、その目が何を映していたのか〈男〉は知らない。
恋焦がれていると口にするものの、人間を見る〈少女〉の目は虚ろであった。